校長日誌

君とつばさ

 今週の鳩ヶ谷高校は、波乱の幕開けでした。6日(月)に台風18号の影響で臨時休校にいたしました。先週末には本州方面に上陸の可能性がありましたので、3日(金)の段階で対応策を考えておいたのですが、予想より早く本州に近づきました。緊急連絡網の連絡状況や学校ホームページにアクセスが集中して閲覧できなかった状況など、今回の課題はしっかりと検証してまいります。
 先日、公益財団法人交通遺児育英会から広報誌「君とつばさ」316号が届きました。交通遺児育英会は、保護者が道路上の交通事故が原因で亡くなられたり、重度の後遺障害のため、経済的に修学が困難になった子供たちが高校、大学に通う支援として、奨学金を無利子で貸している公益財団法人です。8月に開催された高校奨学生と保護者のつどいの紹介など、多くの高校生、大学生、さらに遺族の方々の頑張りが伝わってくる内容でした。
 高校教師だったご主人を13年前に亡くした保育士の保護者と5歳の時に父を亡くした専門学校生の方の体験談の紹介がありました。保護者の方のお話では、長女と学校を訪ねて「お父さんは、君をこの学校に入れたいと思っていた」と同僚から聞き、長女が受験を決意したと語り、長女と次女が入学されたエピソードを紹介されました。専門学校生は、講演準備のために、父について母と話し合ったことに触れ、「忘れることも忘れないことも、生きる力になると感じた」ことを紹介されました。とても重い言葉だと思いました。
 学校は、1日の多くの時間大切なお子さんをお預かりしています。私は、日頃から先生方一人一人が「自分が勤務している学校に、ぜひとも自分の子供を入学させたい」という気持ちを持ってもらいたいと思っています。鳩ヶ谷高校もそのような学校になるように、先生方や保護者の皆様と知恵を出し合いながらよりよい学校づくりに取り組んでまいります。

就活中に落ち込んだら聞きたい応援ソング

 今年も高校生の就職活動が9月16日から始まっています。鳩ヶ谷高校の生徒も厳しい就職試験に立ち向かっています。私が教員になった頃、就職希望の高校生は学校推薦されれば、採用試験を受験し、基本的には採用していただける状況でした。しかし、バブル経済崩壊後、日本の産業構造が大きく変化し、高校生も大学生のように就職活動で厳しい選抜試験を乗り越えないと採用されない状況になりました。

大学生の就職活動は、現在は学部3年生の12月に採用情報や説明会情報が解禁されていますが、平成28(2016)年卒業予定者(現在の学部3年生)から、学部3年の3月から解禁、採用選考開始は4年の8月(現在は4年の4月)からのスタートになる見込だそうです。

私が大学生だった時は、就職協定があり、会社訪問解禁が学部4年の8月からで11月1日が内定解禁日でした。平成8(1996)年に就職協定が廃止され、大学生活にも様々な影響が出ているようです。

先日、ラジオで、求人情報会社のマイマビが行った来春卒業予定の学生モニター調査「あなたの就職活動のテーマ曲は?」について紹介していました。

第1位 負けないで ZARD

♪負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて♪

第2位 レット・イット・ゴー~ありのままで~ 映画『アナと雪の女王』松 たか子

♪ありのままの 姿見せるのよ

ありのままの 自分になるの♪

第3位 何度でも DREAMS COME TRUE

10000回ダメで へとへとになっても

10001回目は 何か変わるかもしれない♪

第4位 終わりなき旅 Mr.Children

♪高ければ高い壁のほうが 登った時気持ちいいもんな♪

第5位 栄光の架橋 ゆず

♪悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある♪

 私も、昨日改めて全曲を聞いてみましたが、確かに元気がでる応援ソングでした。皆さんも落ち込んだ時に聞いてみると絶対に応援されます!

今日は何人の方とあいさつしますか

 今年もあと残り100日です。鳩ヶ谷高校では、先週の9月16日()から19()にかけて、毎朝、PTAの皆様の御協力をいただき、朝のあいさつ運動を行いました。PTA会長さんをはじめ、御協力いただいたPTAの皆様に感謝申し上げます。

生徒玄関では、元気にあいさつする生徒、小さな声であいさつする生徒、笑顔だけど声が出ない生徒、「こっくん」とうなずく生徒、「こっくん」もしない生徒など様々です。声の出ない生徒も心の中では「おはようございます」とつぶやいているのですが・・・。テレパシーは届きません。つい数年前の小学生の時までは大きな声であいさつができていたはずなのに、このままあいさつを忘れた大人にしてはいけません。私は、着任以来、あいさつの励行を行っています。校内では、一人でも多くの生徒にできる限り声をかけることを心掛けています。「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」と声をかけています。元気な返事をもらうと、私も元気になります。

あいさつの大切さを示す言葉として「オアシス」という言葉があります。

オ「おはようございます(こんにちは)」:相手の存在を認める意志表示

ア「ありがとう」:感謝の気持ちを示す意思表示

シ「失礼します」:コミュニケーションの終了の意思表示

ス「すみません」:謝罪の意思表示

の略称だそうです。

埼玉県の上田清司知事もブログ(2011)で県庁職員にあいさつの大切さを指摘しています。

私は知事に就任以来ずっと、あいさつの励行をしております。私の記憶では就任当時、朝、きちっと「おはようございます」とあいさつができた職員は、10人中1人くらいでしたが、現在は10人中9人くらいになっています。」

「昼間のあいさつも以前はきちっとできた職員は、10人中1人くらいでありました。現在はどうかというと、10人中5人ぐらいはきちっとできます。他の5人のうち2、3人ぐらいは首を「こっくん」とするだけで、あとはあいさつもせずに行ってしまいます。「こっくん」もない職員もいます。いまだ、昼間のあいさつができていないということであります。ちゃんと声を出しなさいと、口を酸っぱくして言っておりますが、いまだにできない職員がおります。これからは、「こっくん」とか、知らん顔して歩いて行こうとする職員には、課名と姓名を聞こうかなと思っています。あいさつの一言がでなかった職員には、私は何課の何々でございますということを、まず口に出してもらって、明るいあいさつへの一歩を踏み出してもらったらいいのかなとも思っています。」

「世の中を明るく、そして強く、元気にするのが、埼玉県職員の仕事であります。その手段の一つは、明るくさわやかなあいさつです。」 

私たちは、朝起きてから学校に来るまで、家族、近所の方、友人、先生など様々な方々と出会います。今朝、あなたは何人の人と、声に出してあいさつをしましたか。今日、あなたは何人の方とあいさつをしますか。


チャンスを逃すな!

 第26回鳩高祭に御来校いただき、誠にありがとうございました。9月6日の一般公開日には、1782名の皆様に御来校いただきました。御来校いただいた皆様、早くから鳩高祭の準備をしてくれた文化祭実行委員会、生徒会本部の生徒諸君、後夜祭司会のチーム鎧武(がいむ)、生徒会顧問をはじめとする教職員、PTAの皆様に改めて感謝いたします。

 今日の鳩ヶ谷高校は、文化祭後片付け、エンディングセレモニー、全校集会、追悼集会を行いました。今日は追悼集会の内容をご紹介します。去る7月5日に本校教員が逝去され、本日、改めて全校生徒、全教職員で追悼集会を行いました。御遺族からメッセージを頂戴し、校長が代読しました。陸上競技部の生徒が御礼の言葉を述べ、その後1分間の黙祷をしました。生徒の御礼の言葉の概要を紹介します。

 今日は、追悼集会の場をお借りして、僕たちが先生から学んだことをお話しさせていただきます。

 僕たちは、最初から陸上競技部に入部するつもりはありませんでした。部員の中には、すでにアルバイトを始めている人もいました。ですが、先生の言葉一つで、今の3年生6人は集まりました。それは「走ることが得意じゃなくてもいい。陸上競技は走るだけじゃないから。ただ部活はキツイぞ。勝つために一生懸命やるんだからキツくないはずないだろう。やる気さえあればいい。俺についてこい。県でも、関東でも連れて行ってやる。3年間絶対いい思いさせてやる。」という力強く迫力のある言葉でした。

 やはり練習はキツかったです。辛くて苦しくて逃げ出したくなる時もたくさんありました。それでも、先生の指導の下、耐えてきました。グラウンドでは、誰よりも大きな声を出し、僕たちを温かい目で見守り、時に厳しく、そして優しく指導してくださいました。ハードルは「躊躇するな。思い切って飛び込め。」、短距離は「フライングにビビるな。誰よりも早く飛び出せ。」、投擲は「一投目が勝負。」、長距離は「絶対に譲るな。」と教わりました。大会で僕たちが緊張して固まっていると、「大会を楽しめ。気持ちで負けるな。強気で行け。」と勇気づけてくれました。負けて悔しくて泣いている時、「負けて泣くな。勝って泣け。強い奴が勝つんじゃない。勝った奴が強いんだ。誰でも同じだけチャンスがあるんだ。掴み取るか逃すかは自分次第だ。」と、やる気とチャンスを与えてくれました。

 いつもどんな時も、僕たちのことを考え、一人一人をちゃんと見極めてくださいました。それぞれに合った練習メニューを考えてくださり、それぞれに合った指導をしてくださいました。僕たちと真剣に向き合ってくれる先生は、いつしか二人目のお父さんみたいな存在になっていました。先生は僕たちに、陸上競技の楽しさ、勝つことにこだわり努力すること、全員で仲間を応援すること、応援されていると感謝すること、誰にでも挨拶することなど、競技のことだけではなく、普段の日常生活のことも教わりました。

 先生は、いつもまっすぐで優しく、曲がったことが大嫌いでした。先生のお葬式の日、練習しなければ先生に怒られると分かっていていつつも体が動いてくれませんでした。その時、先生にどれだけ支えられ、甘えてきたのか実感しました。

 今の鳩高陸上競技部、そして今の僕たちがいるのは、先生のおかげです。僕たちは、先生から教わったことを忘れず、これからこの場で伝えきれないことも伝えていきたいと思います。

 そして、尊敬する先生のように、強い心を持ち、多くの人に愛され、どんな困難にもあきらめずに取り組んでいきたいと思います。

第26回鳩高祭はじまる

 文化祭実行委員会、生徒会本部の生徒諸君を中心に、準備にあたってきた鳩高祭がはじまりました。PTAの皆様も、昨日から準備され、今日も朝早くから来校されています。

 今から26年前の第1回鳩高祭のテーマは「New World History」でした。第26回鳩高祭のテーマは「Hato New World」です。しっかりと伝統を受け継いだ生徒諸君・保護者・教職員で、鳩ヶ谷高校のNew Worldを創っていきたいと思っています

 先ほど、体育館でオープニングセレモニーが終わりました。今日は校内公開日です。オープニングセレモニーでは、①一人一人が力をあわせる ②ルールを守ることの2点を心にとめ、明日の一般公開ではお客様を迎える「おもてなしの心」を大切にするように話しました。

 一人でも多くの鳩高ファンが生まれてくれればと思っています。

壁を乗り越えよう

 東京大学名誉教授の養老孟司氏の『「自分」の壁』(2014年:新潮新書)20万部を突破したそうです。養老孟司氏は、400万部を超える大ベストセラー『バカの壁』(2003年:新潮新書)の著者です。その後、『死の壁』(2004年:新潮新書)、『超バカの壁』(2006年:新潮新書)を刊行し、今回は口述筆記した壁シリーズの完結編のようです。「本当の自分」を探すよりも、「本物の自信」を育てる方がよく、脳、人生、医療、死、情報、仕事などのテーマについて、頭の中にある「壁」を超えたとき、新たな思想の次元が見えてくるそうです。自分で壁を作らず、何事にも、迷い、挑戦し、失敗を繰り返すことで「自信」が生まれてくるとのことです。

鳩ヶ谷高校では今日から2学期が始まりました。始業式では、自分の高校時代の体験をもとに、「壁を乗り越えよう」という次にような話をしました。

私は、高校の時に山岳部に所属していました。1年生の時に、夏合宿5泊6日で北アルプスに行きました。標高3180メートルの槍ヶ岳が最終目的地です。東京の上野駅から夜行列車に乗り、富山県から北アルプスに入山したとき、先輩があれが槍ヶ岳だと指差しました。自分の目測だと5センチです。自分の背中の荷物は30キロです。ふと、「生きて帰れないかな」と15歳の自分は思いました。 5日後、槍ヶ岳の頂上に立てた感動を今でも覚えています。

「壁を乗り越えよう」。人生は、毎日、大きな壁、小さな壁の連続です。逃げずに乗り越えましょう。今日、始業式のために学校に来たのも、壁を乗り越えているのです。解剖学者の養老孟司さんは、「人間の脳は、つい楽をしようとする。しかし、自分がどこまでならできるのかを認識することが大切だ。そのためには、迷い、挑戦し、失敗を繰り返すことが大切だ。そうやって育てた感覚が「自信」となるのだ」と言っています。実は、壁だと認識した時、その壁の半分は超えているのです。今から考えると、高校1年生の自分が大きな壁と感じた標高3180メートルの槍ヶ岳は、登山口の1356メートル地点までバスで来ていました。壁があることは何かにチャレンジしている証拠です。皆さんには限りない可能性があります。自分を信じましょう。

鳩ヶ谷高校では、2学期は、文化祭・ロードレース大会・修学旅行など、大きな行事が続きます。3年生は進路決定の時期です。皆さん、力をあわせて壁を乗り越えましょう。


『村上海賊の娘』の著者・和田竜さんの決断

 夏季休業もあと11日です。いろいろと計画を立てていながらできなかったこともあるでしょう。残された時間の中で、9月以降の計画をじっくりと考えてみることも大切です。

 さて、2014年本屋大賞を受賞した和田竜さんの『村上海賊の娘』が今年ベストセラーになっていて、発行部数は上下巻合わせて100万部を突破しているそうです。鳩ヶ谷高校の図書館にもありますが、司書さん聞いたところ、生徒のリクエストで予約待ちの状況だそうです。
 著者の和田竜さんは、戦国末期、豊臣秀吉方の石田三成勢2万の大軍に屈せず、たった500名で忍城(埼玉県行田市)に籠城した成田長親の姿を描いた映画「のぼうの城」(2011年)で一躍有名になりました。私も小説も読みましたし、映画も見ました。また、映画にも登場する忍城跡、石田三成が本陣を置いたさきたま古墳群の二子山古墳、忍城を水攻めにした際の堤防跡である石田堤跡なども訪ねました。

先日、和田竜さんのインタビュー記事を読みました。「『村上海賊の娘』は、史料の読み込みから始め、一度シナリオを書いて感触をつかみ、週刊誌に連載を執筆しました。その間約4年半。渾身の一作」だそうです。
 和田さんは、高校時代にアーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画「ターミネーター」(1984年・アメリカ)を見て、映画監督を志したそうです。早稲田大学卒業後、番組制作会社に就職しますが、自分に向いていないと思いました。しかし、辞め癖をつけたくなくて3年間頑張り、その時に、自分が映画作りに関わるには、現場を仕切る監督ではなく脚本家だろうと考えたそうです。
 転職して業界新聞社に記者として入社し、「アルバイトをしながら脚本家をめざす人もいますが、それでは絶対にジリ貧になると思い、正社員がいいと冷静に判断しました」と述べています。入社してからは、午後7時に帰宅し、3時間仮眠して、午後10時から朝方の午前5時まで執筆して就寝し、午前8時に起きて出社するという生活の繰り返しだったそうです。脚本を書き続けて4年間、脚本の懸賞をとるために応募しても入選はひとつもなし。「正直、どん底でした。先が見えず、このままで一生が終わるのかという不安が常にありました」と率直に述べています。しかし、「脚本を書くことを取ったら自分には何も残らないし、胸を張って世間を歩けないと思ったから踏ん張れた。それと、評価されないのは絶対おかしい。いつか自分の作品の面白さを証明してやりたいという思いもありました。」とも述べています。
 オリジナル脚本『忍ぶの城』(のちに映画化されて「のぼうの城」)が脚本界の新人登竜門「橋戸賞」を受賞したのは、和田さんが業界新聞記者に転職してから5年目の33歳の時でした。小説『のぼうの城』として刊行されたのはさらに4年後です。和田さんは「好きなら「めげずに頑張ること」が大切ですが、つまらないと思う度合いが8割に達したら辞める決断をしてもいい。冷静に自分を見据えて決断した方が結果的に自分らしい道につながると、経験から実感しています」と述べています。

 今日も、進路室には3年生が来て、担任の先生と相談しながら将来について真剣に考えています。高校時代、いろいろな方々の経験談などを参考に、しっかりと自分の道を見つけてもらいたいと思います。


かたづけの秘訣

 立秋(今年は8月7日)が過ぎ、台風通過とともに、暑さの中にも秋の気配が感じられるようになりました。鳩ヶ谷高校では、蝉しぐれの中、グラウンド、体育館、校舎内で部活動が行われています。進路指導室は、先週に比べると3年生の数も少なくなっています。

 私が大学生の頃、新書と言えば、岩波新書、中公新書、講談社新書くらいでした。現在では、多くの出版社から新書が刊行されていますが、内容的には随分と読みやすく(易しく?)なった気がします。先日、岩波ジュニア新書の杉田明子・佐藤剛史著『中高生のための「かたづけ」の本』(岩波書店;2014)を読みました。岩波ジュニア新書は、中高生を対象に昭和54(1979)年に刊行されていますが、大人でもとても参考になる本がたくさんあります。

 『中高生のための「かたづけ」の本』では、冒頭で「かたづけくらいできて当然という先入観が私達のまわりにあるのです」と著者はぶつけてきます。私を含めて、皆さんもそのように思っているとは思いますが、現実はなかなかうまくはいきません。次に、「はたして、かたづけはできて当然でしょうか」と問題提起をしてきます。「自転車の補助輪を外す時、あなたはどうやって外しましたか。二重跳びや逆上がりができるようになりたいと思った時、あなたはどうしましたか。まずは、先生やお父さん、お母さん、友達にやり方を教わり、練習をしたはずです。すぐにできるようになった人もいたでしょう。時間のかかる人もいたでしょう、かたづけは、練習すれば誰でもできるようになるのです」と解説します。でも、実際は、かたづけ方などは、誰も教えてはくれません。自分を含め、誰もが自己流だと思います。

 「整っている状態」を知るのに一番の場所はスーパーマーケットだそうです。チョコレートが欲しいと思えば、簡単にチョコレート売り場にたどりつくことができます。それは、ルールに則って販売されているからだそうです。一方、ディスカウントショップは多種多様な商品が、スーパーマーケットとは違う分類方法で並べて売られています。ここでは、「こんなモノもある、あんなモノもある」と宝物を探すようにショッピングを楽しめますが、探し求めているものになかなかたどり着きません。つまり、自分の部屋がスーパーマーケットのようであれば、モノを探すストレスがなくなり、気持ちよく生活ができるそうです。かたづけするためには、①時間 ②体力 ③想像力 ④覚悟 が必要だそうです。

 今、私は校長室を大掃除中です。鳩ヶ谷高校が開校して27年、開校以来の貴重な資料が校長室にはたくさんありますが、どの場所に何があるのかよくわかりません。この夏季休業中に資料を書棚から全部出して、分類し取捨選択して整理をする作業をしています。5周年記念誌、10周年記念誌、20周年記念誌、生徒会誌、修学旅行文集、卒業アルバム・・・。お宝がたくさん出てきます。実に面白いです。でも、かたづけには一番の大敵がお宝で、つい見入ってしまうのが駄目だそうです。今月中に整理整頓を終わりにします。

 今、あなたの部屋はかたづいていますか。

無名の人

 今日の鳩ヶ谷高校は、中学生対象の部活動体験最終日です。グラウンドでは、サッカー部、陸上競技部、ソフトテニス部などが炎天下の下、元気に活動しています。体育館では、男子バスケットボール部、新体操部、剣道部、卓球部が活動中です。剣道部はとても気合の入った練習をしていました。男子バスケット部は今週末の練習試合に向けて調整をしていました。校舎内では、吹奏楽部、美術部、演劇部、写真部、合唱同好会などが練習しています。美術部は各自が熱心に自分の作品を描いていました。演劇部、合唱同好会は9月の文化祭に向けて取り組んでいます。
 幕末に所郁太郎(18381865)という人物がいました。ご存じの方はほとんどいないと思います。私がこの人物を知ったのは、高校生の時です。国語の教科書に登場していたのを覚えています。話の内容だけ記憶の片隅にあり、彼の名前は忘れてしまいましたが、大学生の時にふと思い出し、調べてみました。

その時にわかったのは、国語の教科書短編小説は、歴史小説家の司馬遼太郎さん(19231996)が教科書に書き下ろしたもので、題名は『無名の人』でした。主人公の所郁太郎は美濃国赤坂(岐阜県大垣市)出身の幕末の志士ですが、日本史の教科書には全く登場しませんが、この人は歴史の舞台に一度だけ、それもほんの一瞬だけ登場します。

時は幕末、所は長州山口(現在の山口県山口市)の郊外です。当時、長州藩は討幕派の高杉晋作(18391867)などと保守派が激しく対立していました。高杉晋作のグループに井上聞多(後の井上馨:18361915)という人物がいました。元治元(1864)年9月25日の夜、山口での会議からの帰路、数人の男に襲われ、さんざんに切られ、瀕死の重傷を負いました。家に担ぎ込まれましたが、医者は助からないと言いました。聞多は、しきりと介錯をしてくれという仕草をしたそうです。この騒ぎの中、偶然、この家に入ってきた人物が所郁太郎でした。かれは、4時間かけて畳針で五十幾針を縫い、ようやく治療を終えました。井上聞多は奇跡的に助かり、再び歴史の表舞台に出て、明治維新後は井上馨として、外務卿として条約改正の取組や農商務大臣、内務大臣などを歴任します。一方、命を助けた所郁太郎は翌年(1865)にチフスで異郷の長州で亡くなります。

司馬遼太郎は、井上聞多の遭難事件のことを調べて以来、所郁太郎のことについて心の隅にわだかまり続けていたそうです。ある時、山口県の明治初年の記録を調べてみると「美濃 所某」とあり、「言葉遣いは穏やかであり、第一流の人物という印象があった」と短いながら書かれていたそうです。また、幕末に蘭学の医師として有名な緒方洪庵(1810~1863)がつくった適塾の入門帳611名の中に彼の筆跡が残っていました。「万延元年八月十五日入門 濃州赤坂駅 所郁太郎」と書かれていました。万延元年とは1860年です。司馬遼太郎は、所郁太郎自身が書いたらしい筆跡と出会い、「君はこんなところにもいたのか」と、息を忘れるほどの感動を覚えたそうです。その後、『美濃浪人』(新潮文庫『人斬り以蔵』に所収)という短編小説に所郁太郎の生涯を初めて記しています。彼の師の緒方洪庵は医師の道を説くことの厳しかった人で「医師というのは、人を救うために人の世で生きているもので、自分のために生きているのではない」と言っています。所郁太郎には一枚だけ写真が残っています。旅の武士姿で笠を持っています。遠くを見据える目には強い意志を感じます。

 所郁太郎の生涯はわずか27歳と短かったですが、この世に生を受け、今、自分ができることを精一杯やり遂げたと思います。昨日は、チーム鳩ヶ谷の一員の月命日でした。緒方洪庵の思いは教師にも通じるものがあるのかなと思いました。また、かつて、この稿でも紹介しましたが(6月19)、詩人あいだみつおの「自分の番 いのちのバトン」の思いにも通じると私は思います。

高みを目指せ

 今日の鳩ヶ谷高校は中学生対象の部活動見学の初日です。8月4日()~6日()の3日間と8月25()27()の3日間実施しています。今日は30余名の中学3年生の生徒諸君と保護者の皆様が部活動見学や学校施設の見学をされています。「百聞は一見に如かず」、ぜひとも鳩ヶ谷高校を実際に見に来てください。

 学校は夏休みに入っていますが、部活動も盛んに行われています。7月30日に開催された第55回埼玉県吹奏楽コンクール地区大会高等学校Bの部で鳩ヶ谷高等学校吹奏楽部が銅賞を受賞しました。吹奏楽部員に聞きましたら、まだまだ次の高みを目指して全員で頑張るそうです。剣道部、ソフトテニス部、男子バレーボール部、写真部の校外合宿も無事に終了し、成長して帰ってきました。

 3年生は進路に向けて重要な時期です。進路指導室には連日多くの生徒が来ています。大学・短期大学進学希望者は推薦入試やAO入試の情報収集や面接練習、就職希望者は本校に来ている526社の求人票(8月4日現在)から会社見学の希望会社を選定し、会社見学や面接練習を行っています。
 とても暑い夏ですが、夢の実現のため、更なる高みを目指し、頑張ってください。