校長日誌

校長日誌

飛耳長目(ひじちょうもく)

 鳩ヶ谷高校の今日は、14日から始まった球技大会の最終日です。グラウンド、体育館で熱戦が繰り広げられています。
 私は、歴史が好きで、司馬遼太郎や池波正太郎、吉村昭などの歴史小説をよく読みます。司馬遼太郎は多くの歴史小説を書いていますが、好きな作品の一つに『世に棲む日々』があります。吉田松陰と高杉晋作を中心とした幕末の時代をいきいきと描いています。
 吉田松陰(18301859)は長州藩士の子として生まれ、11歳の時に藩主に兵学の御前講義をする逸材でした。その後諸国を遊学し、ペリー来航時(1853)時には海外密航を企てて幕府に投獄されます。その後、故郷の萩(山口県萩市)で幽閉生活を送る中で松下村塾を開き、高杉晋作、伊藤博文など幕末から明治・大正期に活躍する人材を育成しますが、安政の大獄により江戸小伝馬町(東京都中央区)で処刑されました。
 「飛耳長目(ひじちょうもく)」という言葉は、吉田松陰が好んだ言葉の一つです。耳が遠くまで聞こえて目が遠くまで行き届くということですが、常にアンテナを高くし、広く世の中のことを感知し、多くの情報を集めて判断を誤らないようにしようという意味だと思います。
 現代は、とても変化の激しい時代です。20年くらい前はポケベル(ポケットベル)が大流行し、学校での指導をどうするか先生方が右往左往したのを覚えていますが、その5年後には携帯電話の普及とともに衰退消滅していきました。そして現在は携帯電話からスマートフォンにシフトしています。かつては必要でなかった通信料金が各人に重くのしかかっています。私も、3月末にスマートフォンに更新しましたが、通信料金が3倍になり大失敗したと思っています。
 現実には、私たちの予測を上回るスピードで通信機器が進歩していますが、私たちのモラルは全く追いついていません。「ネットいじめ:悪口・他人の個人情報は絶対に書かない」「SNS:個人情報漏えいに注意し、個人ID・写真は公開しない」「コミュニティサイト:犯罪目的で使用されるケースもある」「チェーンメール:送らない。回さない」「不正アプリ:ウイルスの可能性が高い」「違法ダウンロード:犯罪です」「長時間使用:集中力を害し、視力低下につながる」「歩きスマホ:本人も他の人も、とても危険」・・・
 携帯電話やスマートフォンの不用意な使用は、犯罪に巻き込まれるだけでなく、知らないうちに加害者になることもあります。吉田松陰の言った「飛耳長目」は的確な判断力があって初めて成り立ちます。携帯電話やスマートフォンに潜む危険性をしっかりと認識したうえで使用することが何よりも大切だと思います。

「鳩高握手」

 台風一過の夏空が一転し、午後4時前から鳩ヶ谷高校は激しい雷雨に見舞われています。今日は期末考査返却最終日で4時間授業でしたが、部活動で残っていた生徒諸君は雨宿りをしています。
 どこも学校にも卒業記念品があります。鳩ヶ谷高校も正門を入ると右手の大きな楠の下に、大きな手があります。これは第3回卒業生の卒業記念品「鳩高握手」です。作者は、本校で美術の講師をされていた青木邦眞先生です。青木先生は、彫刻作品の多くが台の上に載っていて棚が施され触ることのできない雰囲気を持っており、芸術が特別扱いされる感じを抱かれ、それを打ち破り、みんなに触ってもらえる彫刻を作ろうと考えられたそうです。当時、先生は手をテーマにした作品を多く創作しており、卒業記念品のテーマを人間の手にされました。
 「鳩高握手」の手は、教員の大きくて温かい安心感のある手を表現しているそうです。入学した生徒には、「ようこそ鳩高へ」、卒業していく生徒には「頑張ろう」と差し出される握手の手でもあります。原案では、もっと高い位置から手を差しのべていたそうですが、青木先生の恩師から「そんな高慢な手では駄目だ。上から差しのべるのではなく、同じ高さからにすべきだ」とのアドバイスを受け、今の形になったそうです。

チーム鳩ヶ谷

 鳩ヶ谷高校は、今日で期末考査は終了です。明日から3日間は考査返却日です。テストでできなかったところは自分の弱点ですので、しっかりと見直しすることが大切です。

 人間が集団で行動する際、「グループ」や「チーム」、「組」、「班」、「団」などいろいろな呼び方があります。「グループ」と「チーム」には違いがあるそうです。

①「グループ」は強いリーダーに率いられる。「チーム」は状況に応じてリーダーシップを分かち合う。

②「グループ」はただ黙々としている。「チーム」は楽しみ、笑いが絶えない。

③「グループ」は必要だから集まる。「チーム」は仲間との集いを待ち遠しく思う。

など、「グループ」と「チーム」には違いがあるそうです。
 私は、今年度の鳩ヶ谷高等学校PTA広報誌『きずな』にも、このことを紹介しました。「縁あって、鳩ヶ谷高等学校の一員となりました。ぜひとも、保護者の皆様・生徒諸君・教職員が一体となって「チーム鳩ヶ谷」を創りあげていきましょう。」と記しました。誠に残念ながら、かけがえのない「チーム」の一員が幽明境を異にすることとなりました。痛恨の極みです。よりよい「チーム鳩ヶ谷」になるように全力で取り組んでまいります。

七夕伝説

 今日の鳩ヶ谷高校は、期末考査第3日目です。生徒諸君は、しっかりと期末考査に取り組んでいます。明日が最終日ですが、頑張ってください。

 今日は七夕です。あいにくの雨空です。七夕は、中国の伝説で、今から約1300年前の奈良時代に日本に伝わったといわれています。天の帝の娘で、機織りをしていた織姫は、牛飼いをする彦星(牽牛)と恋に落ちました。ところが、恋愛にかまけた二人は仕事をしなくなりました。怒った帝は、織姫を彦星から天の川の境にして引き離します。悲しみにくれる織姫を見かねた帝は、年に一度だけ会うことを許します。それが、7月7日なのです。

私は、子供の頃、埼玉県で天の川を見た記憶はありません。すでに、東京の夜の街の明かりが明るく、澄み切った夜空ではなかったようです。私が初めて天の川を見たのは、高校1年生の時に山岳部の夏合宿で北アルプスに行った時でした。満天の星空に川のように星が集まっている天の川を今でもよく覚えています。

大人になると、七夕などの季節行事をつい忘れがちですが、古来から続く伝統行事は大切にしたいものです。大人になっても実現しない願いごとはたくさんありますが、何歳になっても願い続けることはとても大切なことだと思います。

勉強

 鳩ヶ谷高校は、昨日から期末考査です。朝、教室を覗いてみると、朝早くから教室に来て直前勉強をしている生徒が何人もいます。期末考査は8日までですが、日頃の成果を、しっかりと出し切ってもらいたいと思います。

 ところで、「勉強」とは「学習」の意味であることは今日では明白ですが、明治時代初期には「勉強」という語に「学習」という意味はありませんでした。明治5(1872)年発行のヘボンの『和英語林集成』(初版)には、次のように訳されています。
 BEN-KYO ベンキヤウ 勉強(tsutome)
 I
ndustrious,diligent,activesuru,to be industrious
 「勉強」は「勤勉」の意味でしか訳されていません。学習の意味での勉強は、明治になってすぐ生まれたわけではありません。江戸時代には、勉強は「無理をする」あるいは「骨を折って励むこと」、つまり、たゆみない努力を意味する言葉だったようです。商売では「勉強します」といえば、「安売り」を意味していました。関西地方では今でも言う時があると思います。しだいに、安売りの意味ではなく、学習の意味の勉強が凌駕します。
 大人が「勉強しなさい」と言っている時は、ただ単に「学習しなさい」と言っているのではなく、ひたすらな努力と勤勉を要求している部分があります。語源はともかく、期末考査期間中はしっかりと「勉強」してください。

ひとかけらの勇気

 前回、宝塚歌劇団理事長の小林公一さんのエッセイを紹介しました。その中で、『スカーレット・ピンパーネル』について触れていたので、紹介します。

 『スカーレット・ピンパーネル』は、バロネス・オルティの小説『紅はこべ』(原題:The Scarlet Pimpernel)を原作としたミュージカル作品です。1997年にブロードウェイで初演されました。日本では、小池修一郎さんが潤色・演出をし、宝塚歌劇団で2008年、2010年に上演されました。

お話しは、18世紀末のフランス革命混乱期のフランスが舞台です。フランス革命は、高校世界史の授業でも情勢変化が激しく授業しづらい時代ですが、歴史のうねりを実感させることのできる時代です。高校日本史でいうと、江戸時代末期の幕末のような激動の時代です。
 革命でブルボン王朝が廃止され、国王ルイ16世やマリーアントワネット王妃が処刑されましたが、国政は混乱を極めていました。ロベスピエールを指導者とするジャコバン党によって貴族たちが反革命派として次々と逮捕されギロチンで処刑されます。民衆はそれに歓喜しつつも、少しづつ嫌気が差し始めています。そのような中、英国貴族パーシー・ブレイクニーは、「スカーレット・ピンパーネル」と名乗り、無実の罪の貴族たちを救い出し、英国へ亡命させる活動をしていました。パーシーは、パリの花形女優マルグリット・サンジェストと結婚しますが、その二人に革命政府公安委員ショーヴランが、自らの欲のために「スカーレット・ピンパーネル」逮捕に血眼になって探索します。そこに、処刑された仏国王ルイ16世夫妻の遺児で幽閉されているシャルル王太子を英国に亡命させようとする「スカーレット・ピンパーネル」の活躍がからむ冒険活劇です。

このミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』の主題歌が、前回の小林公一さんも頑張ろうという時に聴いている♪「ひとかけらの勇気」です。

どうしてだろう この世の中に

欺瞞と不正 溢れている 

人が自由に 歓び分かち 

愛し合える至福の日は 来るだろうか 

遠国(とつくに)に 嵐吹き荒れても 

僕は見逃しはしない 

ひとかけらの勇気が 僕にある限り

どうすればいい この世界から 

争いの炎 消えはしない 

人が築いた 心の壁を 

打ち砕き解き放つ その日はいつか 

強い力 立ちふさがろうと 

僕はあきらめはしない 

ひとかけらの勇気が 僕にある限り

登れない山 渡れない河 

数多の障壁乗り越えて

たとえこの身 傷付こうとも 

僕は行く 君の為に
 ひとかけらの勇気が 僕にある限り

 お話は完全なフィクションです。パーシーはじめ架空の人物の活躍談ですし、実在のシャルル王太子(1785~1795)は幽閉のまま、わずか10歳で亡くなっています。しかし、逆境にめげす、理想を追い求める姿勢には感動します。私も「ひとかけらの勇気」を持ち続けていたいと思っています。

  




 

 

 

小林公一さんの仕事力・苦境では一回笑う約束

 先日、新聞で小林公一さんのエッセイを読みました。小林公一さんは現在、宝塚歌劇団理事長、阪急電鉄創遊事業本部長兼創遊統括部長を務められています。曾祖父は、阪急電鉄や宝塚歌劇団を創設した小林一三氏(18731957)です。

 小林公一さんは、「私も失敗をたくさんしてきました。しかし、あまり思い悩みません。やってしまったことは忘れて、気持ちを切り替えて次へ進むほうがいい仕事ができる。今の仕事に一生懸命取り組んでいると、次の段階へ必ず訪れますから、くよくよと立ち止まっていなくていいのです。本当にどうにもならないような苦境に立ったら一回笑ってください。周囲からはへらへらしていると見えるかもしれないけれど、笑顔を作ってみれば心も少し晴れます。」と言っています。

 一生懸命取り組んだという裏付けがあってこそできる行動だと思います。確かに、適当に取り組んで、その後に笑っていたら、へらへらしていると周囲の人は当然思います。人は見ていないようで、他の人の行動をしっかりと見ているものです。

さらに、小林公一さんは、次のようにも言っています。「歌も力になります。私が苦しいときには、ミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』の中で安蘭けいさんが歌った♪「ひとかけらの勇気」が響きます。いろいろとあった時にこの歌を聴くと頑張ろうという気になるのです。」

実は、私も♪「ひとかけらの勇気」は好きな歌の一つです。私もこの歌を聴くと元気になります。小林公一さんのエッセイを読んだときは、歌の力の素晴らしさを改めて実感しました。

『スカーレット・ピンパーネル』はDVDで観ましたが、とても感動しました。最近上演されていませんが、是非とも観てみたいミュージカルの一つです。


夏越しの祓・『徒然草』の思い出

 今日、6月30日で平成26年の前半が終わります。毎年、6月30日になると、吉田兼好の『徒然草』を思い出します。『徒然草』は、清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』とともに日本三大随筆と言われています。高校生の時、古典で『徒然草』の授業の時に、夏越しの祓(なごしのはらえ)の説明がありました。大晦日と同じように、穢れを取り払うために除災行事があるのを初めて知りました。6月30日に茅の輪を確認するために神社に行ったのを覚えています。なぜか、授業の記憶は、先生の余談を覚えているものですね。

『徒然草』第19段では、折々の季節の移り変わりの美しさを説明するとともに、ちょっとした愚痴も記しています。

原文:「折節の移り変るこそ、ものごとにあはれなれ。(中略)六月の此、あやしき家に夕顔の白く見えて、蚊遣火ふすぶるも、あはれなり。六月祓、またをかし。七夕祭るこそなまめかしけれ。(中略)言ひつづくれば、みな源氏物語・枕草子などにこと古りにたれど、同じ事、また、いまさらに言はじとにもあらず。おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。(後略)」

 現代語訳:「季節の移り変わりにこそ、風情がある。(中略)貧しき家の夕顔は白く映え、蚊を追い払おうとする煙にも風情がある。六月祓いの儀式もまた興味深い。七夕祭りはあでやかで美しい。(中略)言い続けると、すでに『源氏物語』や『枕草子』で言い古されたことばかり。同じ事を今さらだけど、思ったことを言わないで腹にため込むのは良くないので、筆に任せて書きつつも、どうせ筆まかせのなぐさみで、すぐに破り捨ててしまうもの、これは人に見せるものではないから別にいいのだ。(後略)。」と書いています。 

現在は太陽暦を使用していますが、当時は太陰暦です。旧暦では、今日はまだ6月4日です。ちなみに、今年は7月26()が旧暦の6月30日に当たります。
 今日で、今年も半分が終わります。学校は4月から始まりましたが、1/4が終わります。新年に立てた目標や願いごとは順調ですか。今ひとつ順調でない方は、仕切り直して、気持ちを新たに7月を迎えたいものです。

本多静六博士=元気にあいさつ+職業の道楽化

 埼玉ゆかりの三偉人は、塙保己一(はなわほきいち:17461821:江戸時代に目が不自由であったが国学者として活躍)、渋沢栄一(しぶさわえいいち:18401931:日本の資本主義の基礎を築いた大実業家)、荻野吟子(おぎのぎんこ:18511913:日本で最初の公認の女性医師)と言われています。

 ところで、本多静六(ほんだせいろく)博士をご存じですか。本多静六博士は、慶応2(1866)年に現在の埼玉県久喜市(旧菖蒲町)に生まれ、ドイツに留学し、東京帝国大学で教鞭をとり、日本最初の林学博士として近代林学の基礎を築くとともに、明治神宮の森や東京都水源林などの森林の造成、日比谷公園(東京都)や大宮公園(埼玉県)をはじめとする全国各地の公園の設計など様々な事業を行い、近代日本の発展に大きく貢献しました。

 また、私財を投じて取得した秩父地方の山林2600ヘクタール余りについて、奨学金事業創設のため、昭和5(1930)年に埼玉県に寄付しました。この森林から生ずる収益をもとに「本多静六博士奨学金」が設けられ、昭和29(1954)年以降現在までに2000人を超える学生に奨学金が貸与されています。

 本多静六博士曰く、努力が報われる人・報われない人、運がいい人・悪い人・・・ここには一つの共通点があるとのことです。人生の基本原則「当たり前」のことが、きちんとできているか、いないかだけの差だそうです。例えば、元気にあいさつすること。どんなに知識豊富で学校で優秀であっても、元気にあいさつできない人は、自分が思い描くように前に進めません。

 本多静六博士は、元気にあいさつできることは「当たり前」のこととして、人生の処世術をまとめています。それによると、「人生の最大幸福はその職業の道楽化にある。富も名誉も美衣美食も、職業道楽の愉快さには遠く及ばない。職業の道楽化とは、学者のいう職業の芸術化、趣味化、遊戯化、スポーツ化もしくは享楽化であって、私はこれを手っ取り早く道楽化と称する」と記しています(『我が処世の秘訣』(三笠書房 1985年)。職業を道楽化する方法はただ一つ努力にあると言っています。「あらゆる芸術と同じく、はじめのうちは、多少の苦しみはあるが、すべての喚起も幸福も努力をとおして初めて得られることを自覚し、自分の職業を天職と確信し、迷わず専心努力しなさい」と博士は説いています。
 今日でも色あせない生き方だと思います。

開校記念日・鳩ヶ谷高校誕生記

 本日は、鳩ヶ谷高等学校の開校記念日で、生徒は休業日ですが、部活動の生徒は元気に登校しています。掲揚塔には、校旗が、国旗、県旗とともにたなびいています。鳩ヶ谷高等学校の創立までの経緯を調べてみましたので、ご紹介します。

 鳩ヶ谷に中等教育の学校をという地元の願いは、昭和15(1940)年からの念願だったそうです。しかし、本校の誘致運動が具体化したのは、昭和49(1974)年9月でした。以来15年間の長い年月の間、鳩ヶ谷市長(当時)を先頭に、鳩ヶ谷市民(当時)の皆様の粘り強い運動が実を結び、大きな期待のもと、昭和63(1988)年4月に本校は開校しました。

 人口約6万人の鳩ヶ谷市(当時)には、「高校がない、駅がない」ことに対する不便さが強くありました。本校の開校と、その後の埼玉高速鉄道の開通による駅の開設により、鳩ヶ谷地域は大きく発展しました。平成231011日には川口市と鳩ヶ谷市が合併し、新「川口市」が誕生しました。

 本校の施設面では、従来の県立高校の校舎と違って一棟式で、太陽の光を享受できる構造になっています。27年たった現在でも、斬新なデザインだと思います。特に、正門を入った正面にある鳩をデザインしたステンドグラスは、開校当初、白い校舎とともに地元のシンボルとして脚光をあびたそうです。現在でもその輝きは失われていません。

 本校初代校長の島田宏二校長は、第1回入学式の式辞で、「生徒たちは一人ひとりが自分で学ぶ意識を自覚した高校生活を過ごしてほしい。教職員も三学科併置の特色ある学校づくりを目指して努力していく」と述べられました。また、新入生代表は、「今の感激を忘れずに、自分達の手で協力し合い鳩ヶ谷高校の伝統を一つ一つつくりあげ、悔いのない高校生活をおくりたい」と決意を述べています。

 27年目のバトンを受け継いだ私たち教職員・生徒は、開校当初の皆様の決意をしっかりと引き継いでまいります。