校長日誌

《校長日誌》『推薦B00KS』

 鳩ヶ谷高校図書館のコーナーで紹介しています平成28年度版『推薦BOOKS』が完成しました。鳩ヶ谷高校の教員のお薦め本紹介が載っている冊子です。鳩ヶ谷高校図書委員会が、館報『図書』と隔年で発行しています。今回は、私が掲載した内容を紹介します。以前ここでもご紹介した加藤陽子東大教授の『戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗―』(2016年 朝日出版社)を紹介しました。

 この本は、人間関係に悩んでいる人に是非とも読んでもらいたい一冊です。私は地歴公民科(専門は日本史)の教員ですが、歴史上の国々の交渉は、人間関係と重なるという思いも伝えたくて授業をやっていました。

 平成28(2016)年は、歴史教科書に掲載されるような出来事がありました。70年ぶりに選挙権年齢が変更され、20歳以上から18歳以上に引き下げられました。また、国は、民法の成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げるための改正案を検討しています。改正案が成立した場合、施行までに3年間の周知期間を想定していますが、明治9(1876)年に満20歳になった成人の定義が変わります。このように、大きな転換期に私たちは生きています。

 今回紹介する本は、加藤 陽子 東京大学教授が7年前に出した評判を呼んだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(2010年)の続編をなす著作です。前作では、17人の中高生を相手に日清戦争から太平洋戦争までを語った講義録で、ポイントを衝いた加藤教授の解説と中高生の生き生きした反応で、日本が戦争にのめりこんでいく過程が実にわかりやすく書かれています。今回は、28人の中高生に対して問いかけながら、昭和という時代になぜ戦争に至ったのかを考える中で、歴史を知ることの意味を伝えています。193040年代の世界的な危機の時代の日本の運命を決めた3つの外交交渉として、満州事変(1931年)をめぐるリットン調査団の報告書(1933年)、日独伊三国軍事同盟の締結(1940年)、そして日米開戦の直前まで続けられた日米交渉(1941年)の選択を検証しています。

加藤教授は、中高生に、講義の目的を「交渉事にぶちあたったとき、なにか、よりよき選択ができるように」するためのシミュレーションだと伝えています。この講義をしたことの背後には、今の日本と世界に対する危機感が流れています。「治安悪化やテロの温床となるという恐怖心から、難民への敵意をむきだしにした排外主義的な示威運動なども起きています。(中略)このような恐れの感情、そして、愛する人が殺害されるのを見殺しにていいのかといった、強い感情が出てくる瞬間が、日本においても将来、きっとある。そのような事態が起きたとき、私たち人間が選択を誤らないために、恐怖にかられた人類というものが、どう振る舞ってきたか、それを知っておくのは重要です」と語っています。

人が「嫌な奴」とみなす相手に過剰に反応するきっかけは、被害者意識、相手が信用できない、不安や恐怖といったものが多いです。その感情が憎悪に転換した時、人は過剰に攻撃的になったり暴力的になったりします。

 自分自身、日本が戦争に向かった歴史を知っていたつもりでしたが、そこに至る道を改めて学ぶ中で、知らなかったことの多さに気づかされました。「歴史のお勉強」がより良き人間関係を選択するために「役立つ」と実感できる一冊です。

 

《校長日誌》2020年、あなたは何をしているでしょう

 今日は二十四節気では大寒です。2月4日の立春まで一年で一番寒いといわれる時期です。昨日は、鳩ヶ谷高校では情報処理科のクエストエデュケーションプログラム発表会がありました。クエストエデュケーションは、(株)教育の探究社が行っている教育プログラムです。商業系の専門学科である情報処理科の「総合実践」の授業で、3年生が実在する6企業からのミッション(課題)に対して、18グループにわかれて情報収集して企画をし、プレゼンテーションを2週間にわたって行いました。3年間で大きく成長した生徒の姿を見て、心強く感じました。
 平成28年に
大手広告会社博報堂が制作したCMに「ライバルは、1964年」という作品があります。日本で初めてのオリンピックが開催された1964年と今を比べると、現代の日本に足りないものが見えてくるかも知れません。当時を力強く生きた人々の、活力と豊かさあふれる姿。その姿を昭和を代表する俳優でありコメディアンである 植木 等(1926~2007)の写真をメインビジュアルに、現代の私たちと比較することで、二度目の東京オリンピックが開催される2020年に向けたポジティブなモチベーションと活力を高めることを目指したCMです。ナレーションと音楽は、さまざまな分野で活躍し、幅広い世代から支持されている星野源さんが担当です。60秒のCMでは、次の内容がナレーションとテロップに流れます。

 

 あの頃の日本人に笑顔で負けるな。

 見る夢の大きさで負けるな。

 人を思いやる気持ちで負けるな。

 暮らしの豊かさだけでなく、

 こころの豊かさでも、ぜったい負けるな。

 ライバルは、1964年

 2020年に向け、日本を考えよう。


2020年、あなたは何をしているでしょう?

《校長日誌》「思い込み」と「がりべん」

 平成29年が本格的に始まりました。今日は第3学期始業式でした。始業式では、新年の挨拶、弓道部の全国大会ベスト16のがんばりを紹介した後、「思い込み」と「がりべん」について話しました。

 今日は「思い込み」と「がりべん」についてお話しします。

「思い込み」とは、深く信じこむことです。思い込みをする人は、ある考え方に執着し、自分が正しいことを言うために、常識・前例・先入観・固定観念などを根拠にすることがあります。自分が信じていることははたして正しいのでしょうか?

さて、皆さんは友達に「勉強している?」と聞かれると、ほとんどの人が「していない」と言うのではないでしょうか。これは、先生方も同じだったと思います。でも、何か変ではないですか。学校は学び合う場ですが、「勉強をしていない」という自己否定的な場と矛盾していますよね。「勉強」という言葉がくせものです。

皆さん、「がりべん」を文字で思い浮かべてください。「がり」が片仮名か平仮名で、「べん」が勉強の「勉」の人が多いと思います。ガリガリと鉛筆の音をたてるようにひたすら勉強をする人をあざけるように使われ、今では勉強することへの批判のように大人も子供も使ってしまっています。とても、ネガティブな表現ですよね。

本来、人間はわかることは楽しいはずです。なぜ、ここまで、学習することに対してネガティブになっているのでしょう。実は、大きな誤解があるのです。

私は、かつて「明治と昭和の勉強」をテーマに授業をするために、いろいろな資料を集めたことがあります。竹内 洋 京都大学名誉教授の資料が参考になりました。「がりべん」は明治時代からあった言葉です。100年前の人たちは、勉強は世のため、人のためにするものであり、自分の利益のためにするものではないというポジティブな考え方でした。100年前でも「がりべん」は批判されていました。漢字で書くとわかりやすい。「我利勉」。つまり、「自分の利益のためにだけに勉強すること」です。自己中心的な勉強をする人のことです。現在でも、自己中心的な人は批判されますよね。

それが今から50年位前の昭和中期に片仮名の「ガリ勉」となり、今では勉強する人をさげすむようなネガティブな表現になってしまいました。本来、人間はわかることは楽しいはずです。なぜ、ここまで、学習することに対してネガティブになっているのでしょう。世界200近い国や地域の中で、勉強すること、つまり学習することが格好悪い、恥ずかしいと思い込んでいる国は日本だけです。なぜ日本人は「勉強」という言葉を煙たがるのでしょうか。謙虚さを美徳とする日本人の価値観の影響があるのかもしれません。「勉強」は江戸時代からあった言葉ですが、努力するという意味でした。明治時代になって学習の意味が加わります。努力しなければならない「勉強」は、苦しくて、つらくて、大変だと思い込んでいるのです。でも学習することは本来楽しいことなのです。
 自分自身の思い込みをもう一度見直しながら、今年一年、充実した年にしましょう。

《校長日誌》充実しているとアッという間に時は過ぎる

 冬休みに入り、鳩ヶ谷高校では運動部、文化部がそれぞれ活発に活動していました。

 今日は、鳩ヶ谷高校の吹奏楽部の第9回定期演奏会を蕨市民会館で開催しました。たくさんの皆様に御来場いただき、ありがとうございました。部員一人一人が、皆様への感謝の気持ちを抱きつつ、日頃の成果を発揮して見事なハーモニーを醸しだしてくれたと思います。

 また、鳩ヶ谷高校弓道部の全国大会出場メンバーが校長室に大会報告に来てくれました。1223日から1225日まで第35回全国高等学校選抜弓道大会が愛知県名古屋市の日本ガイシホールで開催され、鳩ヶ谷高校が女子団体に出場したメンバーです。弓道部の全国大会出場は開校以来初めてです。女子団体では持ち前の集中力を発揮して予選を勝ち抜き、全国ベスト16に残りました。昨日行われた団体決勝では1回戦で敗退してしましましたが、大健闘でした。出場メンバーに今年を振り返ってもらうと「アッという間に一年間が過ぎてしまった」と言っていました。顧問の先生への感謝の念と、自分自身に対する充実感が感じられました。

 年の瀬です。大人になると、バタバタしているうちにアッあっという間に時が過ぎてしまうと感じますが、ひたむきに取り組んでいる高校生の姿からは、本当に元気をもらいます。教員になってよかったなあと感じる一時でした。

《校長日誌》Open your heart to everyone. -心を開こう、誰にでも-

 今日は、平成28年度第2学期終業式でした。弓道部が明日から名古屋市で開催される全国高等学校選抜弓道大会に出場するために今朝出発しましたので、全員で終業式を迎えることはできませんでしたが、健闘を祈っています。今日の終業式では「心を開こう、誰にでも」というテーマで話しましたので、紹介します


 皆さんは、フランケンシュタインを知っていますか。1818
年に英国人女性作家メアリー・シェリー(17971851)が、小説の中で創作した人造人間がフランケンシュタインです。優れた体力・知力と人間の心を持ち合わせていましたが、風貌が醜いものとなり、人造人間フランケンシュタインは人々から怪物として恐れられます。

 今日は、現在テレビで放映されている米国のコンピュータ会社AppleのCM「心を開こう、誰にでも」についてお話しします。このCMは、街の人々に受け入れられたいフランケンシュタインのちょっと奇妙だけど、心温まるストーリーになっています。

 人里離れた山奥に1人寂しく住んでいるフランケンシュタインは、ある晩、部屋でオルゴールの曲をかけながら、それをiPhoneに録音します。録音したクリスマスソングを暖炉の前で一生懸命練習します。翌日、朝に出発しますが、日も落ちて暗くなった頃、ようやくフランケンシュタインは人々が集まる街の広場に到着します。大きなクリスマスツリーの前に立ったフランケンシュタインは、録音してきた音楽を流しながら歌いますが、大人は不可解な眼で見つめます。しかし、5歳ぐらいの一人の女の子が一緒に歌い始め、フランケンシュタインもそれに合わせます。すると、その様子を見ていた街の人達も徐々に歌い始め、フランケンシュタインの目には涙が浮かぶという内容です。

 画面には英語版は“Open your heart to everyone.” 日本語版だと“ 心を開こう、誰にでも” というクレジットが流れます。Appleの公式Youtubeで見てみてください。
 このCMにはもっと深い意味が込められているそうです。それは「Unity=結束、団結」です。確かに今年は世界中で人々がいがみ合う事件が多い年でした。なくならないテロ、宗教対立、民族対立など、人々の絆を分断する大きな出来事がたくさんありました。フランケンシュタインは自分を恐れたり、嫌ったりしている人に受け入れられるために、荒っぽい方法は選びませんでした。小さな女の子はフランケンシュタインが困っていた時に優しく接しました。最後には街の人達が一緒になって歌うハッピーエンドでした。Appleは、こういった壊れた絆を修復して、みんなで結束しようというメッセージをこのCMに込めているそうです。

鳩高生の皆さん。

元気に挨拶していますか。

他人に優しくしていますか。

夢を諦めていませんか。

来年が、皆さん一人一人にとって、鳩ヶ谷高校にとって、絆が深まる年になることを祈っています。元気に全員で1月10日の始業式を迎えましょう。

 

《校長日誌》海外連携商品開発in台湾

 1214日から本日まで、埼玉県の県立高校専門学科の生徒12人(川越総合高校、川越工業高校、鳩ヶ谷高校、鴻巣女子高校)と引率職員7名が台湾に派遣されています。これは、埼玉県教育委員会の実践的職業教育グローバル事業の一環です。この事業は、専門高校等の生徒に、各専門分野における高度な知識・技術等を習得させるとともに、国外を含む学校・学科の枠を超えたチームによる商品開発等を体験させ、主体性、創造力、課題解決能力などのグローバル社会に必要な力を養いうもので、これらの取組を通じて、明日の埼玉の産業界を担う人材を育成することを狙いとしています。
 鳩ヶ谷高校の生徒7名は、3年生の「課題研究」の授業で、台湾で販売する食品を研究開発し、そのうちの代表3名が台湾に派遣されました。
1216日には他校の生徒と一緒に台湾台北のショッピングセンターで開発商品販売会も行いました。また、1215日には台湾の松山高級工農職業学校の生徒との交流会も行い、様々な体験をしてきました。
 台湾での販売商品は、来年2月には埼玉県内でも限定販売予定ですので、また改めでご紹介します。今後の活躍が楽しみです。

《校長日誌》『戦争まで-歴史を決めた交渉と日本の失敗-』

 今日は、日米開戦となった真珠湾攻撃から75年目の日です。新聞各紙では、日米の和解や非戦を誓う言葉がいろいろと報道されています。今年8月、加藤陽子東京大学文学部教授の『戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗―』(朝日出版社 2016年)が発行され話題となっています。28名の中高生を対象にした歴史講義がもとになっています。

 日米開戦の前に、世界が当時の日本に「どちらを選ぶか」と真剣に問いかけてきた交渉事は三度ありました。第一は、満州事変に対して当時の国際連盟によって派遣された調査団が作成したリットン報告書をめぐっての交渉と日本の選択です(1932)。第二は、ヨーロッパでの戦争と太平洋での日米対立を結びつけることになった日独伊三国軍事同盟締結についてです(1940年)。第三は、1941年4月から日米開戦直前の194111月までに日本と米国の間で交渉がなされた日米交渉です(1941年)。

加藤教授は「この講義の目的は、みなさんの現在の日々の生活においても、将来的に大人になって社会人になった後においても、交渉事にぶちあたったとき、なにか、よりよき選択ができるように、相手方の主張、それに対する自らの主張を、掛け値なしにやりとりができるように、究極の問題例を挙げつつ、シミュレーションしようとしたことにあります」と述べています。

 当時の日本がなぜより良き道を選べなかったのかを、じっくりと考えることができる一冊です。

《校長日誌》誰にも穏やかな居場所を~読売新聞埼玉版コラムより~

 12月4日付けの読売新聞埼玉版のコラム「支局から」で、徳毛貴文さいたま支局長がコラムを書いていたので紹介します。


 公開中の映画「この世界の片隅に」(こうの史代原作、片渕須直監督)が話題です。舞台は戦時中の広島・呉。見知らぬ土地に嫁いだ主人公・すずは野草で料理を作るなど、物資が減る中で工夫を重ね、1日1日をひたむきに生きます。しかし、すずは空襲で「かけがいのないもの」を失ってしまいます。「ここにいていいのか」と悩むすず。戦争は日常を懸命に生きる人からささやかな居場所すら奪っていくのです。これは過去の物語でしょうか。戦争を「いじめ」「生活苦」「虐待」などに置き換えたらどうでしょう。「いつも時代の誰にも、ふつうの暮らしと穏やかな居場所があってほしい」。映画には、こんな願いが込められているように思います。

 東松山市の河川敷で、井上翼さん(当時16歳)を死なせたとして少年5人が起訴されたり少年院に送られたりした事件で、県教育委員会などの検証委員会が中間報告をまとめました(1130日埼玉版)。そこには、5人が様々な事情で「居場所」を失った様子がうかがえます。

 ある少年は、家庭環境の問題に加えて病気も抱え、人間関係の作り方が身につかないまま高校を中退してしまいました。別の少年は安心して生活できる場所がなく、似た環境の非行少年と外泊を重ねて学校の指導が届かない状態でした。

 子供たちを被害者や加害者にしないため、何ができるのか。ささやかな居場所をどうしたら作れるのか。報告書は私たち大人に、重く問いかけています。


 この文章を、本来、教育のプロであるべき私たち教員はどのように受け止めるべきでしょうか。今回の東松山市の事件について、徳毛支局長が指摘するような問題意識を持って、中間報告の記事を読んでいるでしょうか。

 鳩ヶ谷高校にも多様な生徒が実際に在籍しています。家庭的に恵まれている者もいれば、恵まれていない者もいます。同級生と楽しく高校生活を送っている者もいれば、同級生との距離感を保てずに悩んでいる者もいます。私たち教員一人一人がリアリティを持って、生徒一人一人の変化に気づき、しっかりと居場所があるように見守ってあげましょう。そのためには、私たち教員が常に情報を共有できる職場環境づくりが大切です。

《校長日誌》奇跡の気仙小学校

 12月1日(木)午後、総合的な学習の時間で防災教育を行いました。最初に7月に実施した被災地ボランティアの参加者の発表がありました。生徒一人一人には『被災地ボランティア報告集』が配付され、現地での活動の様子を写した画像をもとに、報告をしてくれました。その後、講演会を行いました。

 今年度の講師は、菅野 祥一郎 先生です。菅野先生は、長年、岩手県で小学校の先生をされ、平成23年3月、岩手県陸前高田市立気仙小学校の校長先生で退職されました。ちょうど、在職中の最後の月が、平成23年3月11日の東日本大震災に遭遇されています。「3.11に何が起こったのか」というテーマでお話をいただきました。

 陸前高田市には奇跡の一本松があります。陸前高田市立気仙小学校は、当時92人の全校児童全員が無事に避難できたそうです。奇跡なのか・・・ということから話が始りました。当日、菅野先生は学校から離れていたそうですが、地震に遭遇し、まずは学校へ戻らなければと自動車を走らせたそうです。しかし、学校に向かう橋の入口で消防団の方(PTA副会長)が非常災害のための通行止めをしていたそうです。普段なら5分で学校に戻れるところを、30分もかかってしまったそうです。学校には、児童92名の他、教職員、地域の方も校庭に避難していました。菅野先生は自動車を運転していたので、津波が来ることをラジオで把握しており、学校に到着後、直ちに全員裏山に避難することを指示しました。裏山に避難直後、学校を大津波が襲い、校舎も体育館も失われたそうです。間一髪だったそうです。生死を分けたのは、何よりも早い判断、率先避難だったとお話しされました。平時に作成するマニュアルに縛られ過ぎると、有事の際には的確な判断ができなくなってしまいます。「津波でんでこ」の判断が大切だということです。気仙小学校の奇跡は、決断と判断をできる人がいて、指示を教職員と地域の方が速やかに従ったことだと実感しました。便利さに頼ろうとする社会は災害に弱い。気づき、考え、行動すること大切さが大切だということ、命の大切さを訴えられました。また、教育者として、成長の礎は、素直な心、豊かな心が必要であり、「フォンより本だ」と訴えられました。スマートフォンよりも本をしっかりと読むことも強調されました。我々教員にも大変参考になりました。
 東日本大震災から5年8カ月が過ぎましたが、改めてお見舞い申し上げます。菅野 祥一郎 先生にも改めて感謝申し上げます。

《校長日誌》これは納得!主権者教育

 昨日は、川口市選挙管理委員会の4名の皆様の御協力をいただき、3学年の「総合的な学習の時間」で主権者教育を行いました。選挙権については6月の全校集会の校長講話でも具体的に話をしました。

 従前の公職選挙法において満20歳以上の者が選挙権を有するとされていましたが、平成27年6月、選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」へ引き下げる改正公職選挙法が国会で可決成立し、選挙権を有する年齢が引き下げられたのです。それまでの「選挙権年齢は20歳以上」というのは、昭和20年に定められたものなので、今回は70年ぶりの大改正となります。現在、191の国や地域のうち、18歳までに選挙権を付与している国はおよそ90%にものぼるので、世界の趨勢に則した改正といえます。この改正により、およそ240万人の18歳、19歳の人が有権者となりましたが、それは全有権者のおよそ2%にあたります。7月の参議院議員選挙では、鳩ヶ谷高校の生徒でも選挙権を得て投票した生徒もいたと思いますが、まだ18歳になっていなかった者は、投票したことがありません。そこで、今回の主権者教育を企画しました。

 川口市選挙管理委員会の方が、まず、川口市の状況についてパワーポイントを活用して解説していただきました。そして、選挙で実際に使用する投票箱、記載ブース、投票券発券装置などを使用し、「新川口市長選挙公報」と整理券が配付されました、いよいよ、群馬一郎候補、とちぎ花子候補、埼玉太郎候補の3者による選挙戦に突入しました。本校の教員が候補者になり、生徒一人一人に熱く自分の政策を語り、投票を呼びかけました。実際さながらの選挙戦では、3年生の投票の結果、とちぎ花子候補が見事当選しました。とても記憶に残る主権者教育でした。

 「聞いたことは、忘れる。見たことは、覚える。やったことは、わかる。」と言葉がありますが、3年生一人一人が選挙の大切さを「わかった」と思います。川口市選挙管理委員会の皆様に改めて感謝いたします。