校長日誌

《校長日誌》『無私の日本人』

 歴史学者の磯田道史さんが書いた『無私の日本人』(文春文庫2012年)を原作とする映画「殿、利息でござる!」が5月に公開されます。藩主が農民・町民から年貢や町人足役などで徴税をしていた江戸時代に、宿場町の人々が藩主から貸金の利息金をとるという実話の映画化です。

 仙台藩領の吉岡という貧乏な宿場(宮城県大和町)の酒屋穀田屋十三郎が主人公です。伝馬役という藩の荷物運びの苦役が重く、宿場町から夜逃げする者が続出します。家数が減れば1軒あたりの負担が増加し、夜逃げが増えるという悪循環に陥っていました。穀田屋は、宿場の旦那衆と相談し、旦那衆9人が出し合い、総額千両(現在の価値で約3億円)の基金を作り、それを仙台藩に年利10%で貸し付け、毎年3000万円の利息をとり、100軒ある宿場の家々に30万円づつ配る制度を作って衰退を止めたそうです。フィギュアスケートの羽生結弦選手が仙台藩主伊達重村の役で出演しているのも話題です。

 学校の授業で教わった日本史も大きく変わっています。時代劇などでは江戸時代の殿様は近世ヨーロッパの絶対君主のように描かれる場合があります。封建体制といわれる江戸時代の幕藩体制においては、行跡の悪い殿様を家老らの合議による決定により、強制的に監禁するという行為もありました。1988(昭和63)年に第10回サントリー文芸賞を受賞した歴史学者の笠谷和比古さんの『主君「押込」の構造』(講談社学術文庫2006)で注目され、江戸時代の幕藩体制への認識が大きく変わりました。

 過去の「知識」や「常識」だけにとらわれてしまうと、「どうせ出来ない」と思い込みがちです。「知識」も定期点検しないと陳腐化してしまいます。混沌とした現代には新しい発想が必要だと思います。


《校長日誌》第26回卒業証書授与式

 本日は、鳩ヶ谷高校の第26回卒業証書授与式でした。3年生274名が元気に卒業していきました。昨年度同様、卒業生答辞の場面では、走馬灯のように思い出が駆け巡り、卒業生の多くから涙が見えました。最後の校歌斉唱では、一人一人が大きな声で校歌を歌い、感動の卒業式でした。今回は、式辞の一部をご紹介します。18歳選挙権をとおして「自由と責任」「権利と義務」についてお話をしました。

 
皆さんは、本日、鳩ヶ谷高校からそれぞれの夢と希望を持って、新たな道へと歩み出していきます。皆さんが歩み出す今日の社会は、ちょうど5年前に発生した東日本大震災からの険しい復興への道のり、混沌とした国際情勢、不安定な経済状況など、課題が山積しています。このような時だからこそ、一人一人の「自由と責任」「権利と義務」がとても大切です。
 そこで、皆さん自身が対象者である「18歳選挙権」をとおして大人としての「自由と責任」「権利と義務」についてお話します。
 大人とは何歳からなのでしょうか。電車やバスの運賃は12歳以上、自動車運転免許は18歳以上、飲酒は20歳以上など大人の年齢は異なります。

今年の夏の国政選挙から選挙権年齢が18歳以上に引き下げられました。それまでの「選挙権年齢は20歳以上」というのは、昭和20年に定められたものなので、今回は70年ぶりの歴史的な大改正となります。
 現在
、18歳までに選挙権を付与している国はおよそ90パーセントにものぼりますので、世界の趨勢に則した改正といえます。この改正により、およそ240万人の18歳、19歳の方が有権者となります。
 なぜ、70年ぶりの大改正が行われたのでしょうか。若者の選挙離れも背景の一つです。平成26年12月に行われた第47回衆議院議員選挙全体の投票率は52%でしたが、20歳代の投票率は32%でした。投票率の低さは日本だけの問題ではなく、民主主義の発祥地であり先進地でもある欧米でも同様です。国政選挙では、英国66%、フランス57%、ドイツ71%、米国36%と、日本を始め、欧米の民主主義国家の政治が閉塞感を強めています。英国の首相であったウィンストン・チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態であると言える。ただし、これまで試されてきたいかなる政治体制を除けば」と述べ、民主主義の素晴らしさを説いたことがあります。
 日本の場合、若者の投票率の低さは、選挙に対する理解不足も要因の一つかもしれません。候補者や政党の情報を収集する方法としては、選挙公報、政見放送、街頭演説やインターネットなどがあります。選挙は投票日に投票することが原則ですが、期日前投票の制度があります。投票日に仕事や用務のある人は、期日前であっても投票ができます。今回の公職選挙法改正で、選挙権年齢の引き下げ以外には、選挙運動も18歳からできるようになります。選挙運動では、候補者や政党等以外の者が電子メールを使って選挙運動をしたり、選挙運動用ホームページや電子メールなどをプリントして配ることは禁止されています。
 人間は年齢を重ねて子供から大人に成長するなかで、自由は拡大し、様々な権利が与えられるようになります。しかし、自由には責任、権利には義務が伴います。自分自身で獲得したものならその重みを自覚できますが、何となく与えられたものではその重みになかなか気付きません。今回の「選挙権」の重みをしっかりと認識し、大人としての自覚を持ってもらいたいと思います。
 私は、これまで選挙を棄権したことは一度もありません。時に誰に投票してよいのか分からない選挙もありましたが、自分なりに判断して一票を投じてきました。選挙は、自分の意見を政治に反映する機会です。高校を卒業する皆さんには、大人の一人であることを自覚し、世の中をしっかりと支える人になってもらいたいと思います。
 最後になりましたが、卒業生の保護者の皆様、お子様のご卒業、心からお祝い申し上げます。皆様には、PTA会員として、本校の教育活動に対し、温かい御理解とお力添えをいただきましたことに厚く御礼申し上げます。
 卒業生の皆さんの、これからの大きな活躍を心から願いまして、式辞といたします。

《校長日誌》命をつないでくれるかな?

鳩ヶ谷高校では、今日から学年末考査が始まりました。放課後の教室をまわってみたら、明日の考査に向けて勉強している生徒がたくさんいました。頑張ってもらいたいと思っています。
 2月25
日、インフルエンザ脳症で脳死と判定された女児のご両親が、臓器提供を決心し、最愛の娘に贈った手紙を公表し、報道されました。ご両親は、臓器移植提供に関する説明を受け、悩んだ末に提供を決意され、思いを手紙につづられたとのことです。

 Aちゃんが体調を崩してからお父さんとお母さんは辛くてね。毎日毎日神様にお願いをしました。目に見える者全てに、お山に行ってお願いして、川が見えればお願いして、海に向かっても…いろいろな神社なんかも夜中に行ってお願いしました。最後には落ちている石ころさんたちにもお願いしたんだよ。でもね、どうしてもAちゃんとお父さんを入れ替えることはできないんだって。

 もう目を覚ますことはできないんだって。もう長くは一緒にいられないんだって。

(中略)

 お父さんやお母さんは悩んだ末、Aちゃんの臓器を困っている人に提供することを決めました。もしいやだったらゴメンね。

(中略)

 もしAちゃんが人を救うことができたり、その周りの皆さんの希望になれるとしたら、そんなにも素晴らしいことはないと思ったの。そんなにも素晴らしいことはないと思ったの。こんなにも誇らしいことはないと思ったの。Aちゃんが生きた証じゃないかって思ったの。今のお父さん、お母さんみたいに苦しんでいる人が一人でも笑顔になってくれればどんなに素晴らしいだろうと思ったの。

 そして、その笑顔はお父さんやお母さんの生きる勇気にもなるんだよ。

 いつも周りからみんなを笑顔にしてくれたAちゃんだから、きっとまた世界の笑顔を増やしてくれるよね?

 命は繋ぐもの。お父さんとお母さんがAちゃんに繋いだようにAちゃんも困っている人に命をつないでくれるかな?

 願わくば、お父さんとお母さんがAちゃんにそうしたように、AちゃんもAちゃんが繋いだその命にありったけの愛を天国から注いでくれると嬉しいな。  お父さんより

 お母さんを もう一度 抱きしめて そして 笑顔を見せて   お母さんより

 横山秀夫『半落ち』(2005年 講談社文庫)では、アルツハイマーや骨髄移植をテーマに「命」を繋ぐ思いをつづっています。今回のご両親の思いを読み返すたびに、この世に命を受けたことの重みと繋ぐことの大切さを改めて感じます。

 

 

 

《校長日誌》“おいしい”でみんなをつなぐ八百屋という仕事

鳩ヶ谷高校の司書さんのセレクトにより一冊の本と出会いました。青果ミコト屋『旅する八百屋』(2015年 発行所:アノニマスタジオ・発売元:KTC中央出版)です。本の帯には次のように書いてありました。

 

ほんとうの

おいしいってなんだろう?

自分たちが普段

口にしているものが

どうやって生まれ、

どこからやってくるのか。

何を食べるのかという

ひとつの選択が、

自分の体を、そして

未来をつくっていく。

小さな八百屋が

旅して考えた

野菜のこと、食のこと。

 

と書いてありました。何だか興味がわいて一気に読んでしまいました。

青果ミコト屋とは、高校の同級生であった鈴木徹平さんと山代徹さんが、大学卒業後に就職し、その後めぐりあったのが農業でした。でも、彼らは「耕す人」の道を選びませんでした。それは、農薬を使わずに丹誠込めて育てた野菜も、大きさや色、キズなど、見た目が少しでも規格に合わなければ、既存の流通では買い叩かれるという現実を知ったからだそうです。

自然栽培を中心とした旬のおいしいオーガニック野菜を取り扱う“ミコト屋号”という古いキャンピングカーをベースキャンプに、日本全国の農家を旅してまわり、生産現場に足を運びます。店舗を持たず、定期宅配と移動販売で全国各地で開かれるマルシェやイベントなどでも多数出店しているそうです。

 鳩ヶ谷高校には、農業系の園芸デザイン科があります。埼玉県内では、農業関係高校が県立高校8校、国立高校1校の9校があります。埼玉県は、首都圏に位置しながら、穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた立地を生かし、野菜、米、畜産、果実、茶など多彩な農産物が生産されています。産出額でも花き類が全国第5位、野菜は全国第6位です。ネギ、小松菜、里芋、パンジーの生産は全国第1位です。埼玉県では、産地と消費地が近いという特性から、「近いがうまい埼玉産」をキャッチフレーズに県産農産物を「知って、買って、食べてもらう」取組を行っています。私は、埼玉県の高校生に、もっと農業を身近に感じてもらうとともに、ビジネスの一つとして考えてもらいたいと思っています。

《校長日誌》鳩高ブランドが販売されます!実践的職業グローバル事業

 鳩ヶ谷高校は、普通科、園芸デザイン科、情報処理科の3学科が設置された総合制高校です。埼玉県教育委員会では、専門学科を対象に実践的職業グローバル事業を行っています。明日の埼玉県の産業界を担う職業人を育成するため、企業や大学等との連携を強化し、専門高校等の生徒に高度な知識・技能等を習得させることを目的としています。学校・学科の枠を超えた連携により商品開発を行い、主体性、創造性、課題解決能力などグローバル社会で必要とされる力を身につけさせています。専門学科のある本校でも、埼玉県立いずみ高校、埼玉県立岩槻商業高校とイオン株式会社と共同開発した商品を埼玉県内のイオンで販売することになりました。

① 鳩ヶ谷高校情報処理科が包装デザインを作成(いずみ高校生物資源科学科とイオンとの共同開発)

 ・まっタロミス(税別198円)…里芋クリームのティラミス(抹茶味)。2月19日~21日に埼玉県内イオン全店で販売

 ・ココティープリン(税別198円)…ココナッツ入りソイミルティープリン。2月19日~21日に埼玉県内イオン全店で販売

 ・スティック焼きおにぎり(税別98円)…スーパーフードのキヌア入りご飯の焼きおにぎり(昆布・チーズ・深谷ねぎ味噌)。2月20日イオンレイクタウン店限定販売、2月21日イオン与野店限定販売

 ・にっしーの愛がつまった満ぷく月見フライ(税別198円)…卵まるごと1個を豚肉と埼玉県産ほうれん草で巻いて揚げたフライ。2月20日イオンレイクタウン店限定販売、2月21日イオン与野店限定販売

② 鳩ヶ谷高校園芸デザイン科が包装デザインを作成(岩槻商業高校と藤宮製菓との共同開発)

 ・サンカクイズ(税別111円)…求肥のお菓子で商業に関するクイズ付き。2月20日イオンレイクタウン店限定販売、2月21日イオン与野店限定販売

 いずれも鳩ヶ谷高校は包装デザインの作成ですが、鳩ヶ谷高校の校章が入っています。2月20日(土)には、本校情報処理科2年生がイオンレイクタウン店で販売も行います。是非ともご賞味ください。

《校長日誌》園芸デザイン科卒業作品展を見てきました

 本日から2月15()まで、川口市立グリーンセンターにおいて、園芸デザイン科3年生の卒業作品展を行っています。

 園芸デザイン科は、昭和63(1988)年、本校開校と同時に全国で初めて設置された農業系の専門学科であり、生活空間や都市環境を豊かで住み良い快適な空間に創造するための知識と技術を学んでいます。1年生で園芸やデザインの基礎を学び、2・3年生では、フラワーデザイン・グリーンデザイン・ガーデンデザインの3専攻に分かれ専門的に学習しています。「春の園芸フェスタ」「川口市はたちの集い」「鳩ヶ谷商工まつり」など地域のイベントにも積極的に参加し、園芸デザイン科の取組を多くの方々に御紹介しています。今後も園芸デザイン科のパイオニアとして、さらなる高みを目指してまいります。

 この卒業作品展は、第1期生からの伝統行事です。私も本日見てきました。フラワー専攻は春夏秋冬イメージしたグループ作品、ガーデン専攻は世界遺産をイメージしたジオラマ的な作品、グリーン専攻は、「神秘の湖」「木霊」「循環~とき~」のテーマとするグループ作品と「静寂」をテーマにグリーン専攻16名全員で制作した大作から構成されています。本日と明日は春を感じる気温になるようです。本日から15日(月)まで川口市立グリーンセンターの「緑のアトリエ」で午前9時30分から午後4時まで開催しています。個性豊かな第26期生の努力と成果の結晶である作品を心ゆくまで御鑑賞ください。


《校長日誌》『下町ロケット』『下町ロケット2 ガウディ計画』

 平成27年秋の連続テレビドラマ視聴率でTBSドラマ『下町ロケット』(阿部寛主演)が18.5%でトップでした。年間ドラマ視聴率でもトップという人気ドラマでした。原作は、池井戸潤の第145回直木賞受賞作品である『下町ロケット』(小学館2010年)と続編の『下町ロケット2 ガウディ計画』(小学館2015年)です。

 池井戸作品では、半沢直樹シリーズ(『オレたちバブル入行組』(文藝春秋2004年)、『オレたち花のバブル組』(文藝春秋2008年)、『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社2012年)、『銀翼のイカロス』(ダイヤモンド社2014年))を始め、『空飛ぶタイヤ』(講談社文庫2009年)や『不祥事』(講談社文庫2011年)に始まる「花咲舞が黙ってない!」シリーズなど池井戸作品はどれも面白い。池井戸作品は、「一生懸命生きていれば、必ずいいことがある」と信じさせてくれます。しかし、「下町ロケット」シリーズは別格だと思います。

 心が疲れている時、涙が出そうな時には勧善懲悪のものがいい。なぜなら、疲れている時には、それと逆のことを考えがちだからです。自分はダメな人間だ、周りの人が信じられないなど、孤独感が強まり、どんどん自信がなくなっていきます。涙が出てくることもあるでしょう。しかし、池井戸作品を読むと、人生これから先、悪いことばかりではないと思えるようになってきます。

 「下町ロケット」シリーズの主人公は、佃製作所社長の佃航平という中小企業の社長です。しばしば崖っぷちに立たされ、絶望的な状況に追い込まれます。しかし、意外なところから主人公の味方が現れたり、悪役が窮地に追い込まれる事実が発覚したり、大逆転が起こります。

 生きるのは決して楽ではない。壁にぶち当たり、投げ出したくなることも何回もあるかもしれない。しかし、夢を持ち、誠実に正直に生きていれば、必ず素晴らしい人生が待っていることを教えてくれます。そう教えてくれるのが『下町ロケット』という作品であり、池井戸潤という作家だと思います。

 『下町ロケット2 ガウディ計画』で私の好きな文章を紹介します。主人公である中小企業の佃製作所社長の佃航平が、会社に不満を持って辞めていく若手社員に、テレビドラマでは涙ながらに贈った言葉です。

「・・・どこに行っても楽なことばかりじゃない。苦しい時が必ずある。そんな時には、すねるな。そして逃げるな。さらに人のせいにするな。それから・・・夢を持て。オレがお前に贈ってやれる言葉はこんなことぐらいしかない。」

《校長日誌》似て非なるモノ

 新年明けましておめでとうございます。鳩ヶ谷高校は本日から第3学期がスタートしました。始業式がありましたので、校長講話の内容を御紹介します。
 今日は「似て非なるモノ」についてお話します。似ている言葉というのは案外くせモノです。一般的には、「似ている」=「ほとんど同じ」というとらえ方をすることが多いように思いますが、「似ている」=「同じではない」という視点も大切です。

 例えば、「おざなり」と「なおざり」という言葉は、とてもよく似ていますが、意味は大きく違います。「おざなり(御座成り)」は、自分で意識していいかげんな言動をしてその場を逃れようとする行為です。「なおざり(等閑)」は、自分で意識しないでおろそかな結果になってしまったことです。

 「整形外科」と「形成外科」も響きが似ているので、誤解されやすいようです。「整形外科」は身体の運動に関する治療などを行う医療機関です。「形成外科」は身体の表面など美容整形や若返り治療などを行う医療機関です。

 10月の全校集会で「ガラパゴス化」について話をしました。その時、わずか15年前、当時の日本の携帯電話は、サービス内容や機能は世界トップ水準でしたが、日本国内仕様にあわせて作り込んだため、世界での競争力を落としてしまい、今や製造すらほとんどしなくなってしまったことを紹介しました。このことは「ガラパゴス化現象」と名付けられました。携帯電話は略して「ガラケー」です。

 鳩ヶ谷高校のガラパゴスについてもお話しました。今日は皆さん、遅刻していませんか。「始業チャイムの鳴り終わりの時に教室にいない場合を遅刻とする」という鳩ヶ谷高校のルール。このルールができたのは、平成12年2月26日。私は鳩ヶ谷高校のガラパゴスの象徴だと思います。世の中では、チャイムの鳴り始まりが始まりです。チャイムの鳴り始めでも鳴り終わりでも似ているからいいじゃなかという人もいるかもしれません。ある人が言いました。「電車のベルは鳴り終わりです。」世の中では、このような発想を屁理屈といいます。

 3年生が家庭研修に入った2月1日から、鳩ヶ谷高校ではすべてチャイムの鳴り始めに始めます。1・2年生は切り替えること。先生方も切り替えます。鳩ヶ谷高校を世界標準に戻します。

 「悪法も法なり」という格言があります。古代ギリシアの哲学者ソクラテス(B.C.469頃~B.C.399)が言ったという人がいますが、作り話でしょう。「法が自分に都合の悪い答えを出したとしても、それを受け入れなければならない」と解釈する人がいますが、リーガルマインドでは違います。法的思考では、間違った法は正していかなければならないことをいっているのです。

 「できない理由を探さない。できる知恵を見出す」ように心がけましょう

《校長日誌》日本を今一度洗濯いたし申候

 本日は、2学期の終業式でした。全校生徒に話をする最後の機会です。毎回、校長講話では何を話そうか、ネタ探しに奔走します。以前に落語の枕の話を書きましたが、私は、伝えたいことの前に、落語のように日常的な話から知らず知らずに本論に入り込むのが理想的だと思っていますが、なかなか難しいです。今日の終業式では、次のような話をしました。

 今日は、「洗濯すること」についてお話しします。

 2年生の皆さんは修学旅行で長崎に行きましたが、実は、私もその時に長崎に行きました。長崎の地で、大政奉還に尽力した幕末の志士 坂本龍馬(18351867)が設立した日本で最初の会社組織といわれる「亀山社中」があった亀山社中記念館に行ってきました。長崎の青空の下で解説員の方からじっくりと説明を受けました。2年生、3年生思い出してみてください。長崎の澄み切った空を!

 時代は常に変化します。今から2500年前に古代ギリシアの哲学者の哲学者ヘラクレイトス(B.C.540頃~B.C.480)は「万物はすべて流転する。太陽ですらも、今日の太陽はもはや昨日の太陽ではない」と言っています。

 現代の日本は、戦後70年において最大の激変期です。幕末の志士 坂本龍馬(18351867)は、時代の変化に敏感でした。彼が郷里土佐の知人の檜垣清治(18391894)と行きあうたびに、自分を変革させていた逸話は創作だと思いますが有名です。「長い刀から短い刀」「短い刀からピストル」「ピストルから万国公法」というように、古い武器から新しい武器、新しい武器から法律、民主主義へと変化のシンボルを常に求めながら、自己変革、つまり「イノベーション」をとげました。

 「新」という漢字は「親」と語源が同じだそうです。何かを新しく変化させる場合、それに親しむことができて初めて深く理解し、新しくすることができるのです。自分自身を変えるためには、まずは、自分自身に親しむこと、つまり、自分を好きにならないといけません。皆さんは、自分のことが好きですか。

 坂本龍馬は、幕末の1863年に姉に向けた手紙で「外国人と結託している江戸幕府の役人を打ち破り、日本を今一度洗濯しなければなりません」と書いています。坂本龍馬は今から150年前に「日本を洗濯しよう」と決意し、大政奉還を実現させ、「明治」という新しい時代を切り開きました。

 「これではいけない」「ここの部分は変えないといけない」と思ったら、大いに行動に移してください。良い自分も悪い自分も、この冬休みにしっかりと「洗濯」しましょう。しっかりと自分自身を「洗濯した」生徒諸君と先生方の皆さんで、1月7日に再会し、また新しい鳩ヶ谷高校を創造していきましょう。


 

《校長日誌》釜石の出来事

 本日は、鳩ヶ谷高等学校の避難防災訓練でした。川口市消防局の御協力をいただき、南消防署鳩ヶ谷分署などから16名の消防士の皆様に御来校いただきました。

 私からは、「避難防災訓練の時の教訓の言葉の一つとして、『天災は忘れたころにやってくる』という言葉がある。真偽のほどは定かではないらしいが、東京帝国大学物理学教授であった寺田寅彦の言葉である。皆さんには、明治の文豪夏目漱石の教え子と言った方が馴染みかもしれない。1923年の関東大震災の時の教訓だという。今日は、しっかりと体験してもらいたい。『備えあれば、憂いなし』」と話しました。

 その後、学年別に1年生はAED講習、2年生は消火訓練と応急手当法、3年生は応急担架作成訓練と起震車による地震体験を行いました。

 最後に、鳩ヶ谷分署消防司令から「鳩ヶ谷地区の小学校・中学校の避難訓練を行っているが、鳩ヶ谷高校は最低の出来栄えである。なぜ、小・中学校で出来たことができていないのか。埼玉県は天災が少ないと言われている。しかし、『まさか』ということがある。しっかりと『まさか』を自覚して行動してもらいたい。」と講評をいただきました。肝に銘じたいと思います。

 その際、東日本大震災における釜石市の小・中学生の避難状況の紹介がありました。釜石市では1000人以上が犠牲になった中、全児童生徒の99.8%に当たる2921人が津波から避難して無事だったそうです。避難行動は防災教育のモデルとして知られるようになりました。釜石市は報道機関と同じように当初は「釜石の奇跡」と呼んでいましたが、平成25年3月の庁議で使用しないことを申し合わせ、公文書を含め庁内では「釜石の出来事」に改めたそうです。東日本大震災では避難の途中、保護者に引き渡した児童ら子ども5人が死亡、学校職員1人が行方不明になったそうです。「奇跡」と称賛されることをつらく感じる遺族の申し出が背景にあったそうです。

 学校現場には当初から「奇跡」の表現に違和感があったそうです。「常識ではあり得ないことが起きたわけではなく、訓練や防災教育の成果。実践した子供たち自身が奇跡の意味は違うと感じていた」と釜石市教育委員会の担当者は説明しています。

 何事も日頃の取組の積み重ねが大切であることを実感しました。