《校長日誌》初代に名門なし・中村仲蔵

 落語には古典落語、創作落語、上方落語などいろいろなジャンルがあります。私の好きな落語に「中村仲蔵」があります。先日、三遊亭圓生、三遊亭圓楽、桂歌丸で聞き比べ、語りの大切さ、内容の面白さをを改めて実感しました。

 「初代に名門なし」と言われますが、家柄ではなく実力で大成した人物は、いつの時代も人に言えない努力をしています。歌舞伎役者の初代中村仲蔵(17361790)は、努力の末認められ、厳しい歌舞伎の世界(「梨園」と言います。)の身分制度・門閥の壁を乗り越え、名題となった稀代の名優です。江戸時代の歌舞伎界は下立役から名題まで6段階の身分に分かれており、家柄のない者は、才能や実力にかかわらず、名題には一生なれないのが普通でした。

 稀代の才能と努力の末、名題に昇格した仲蔵は、どんな大役がもらえるかと期待していると、与えられた役は、仮名手本忠臣蔵において、つまらない場面なので客が食事をする弁当幕と呼ばれる五段目の端役 斧定九郎 でした。実は、この役は名題ではなく本来は格下の役でした。当時の立作者と仲蔵との間に不和が起き、立作者が嫌がらせをしたといわれています。

 仲蔵は、こんな役やってられるかと言ってその役を蹴るか、格下役を甘んじて受けるかのどちらかしかありません。どっちにしても批判されるのです。気落ちして上方修行に出るという仲蔵に女房が、「あなたにしか出来ない定九郎を演じろという期待じゃないのですか」と励まします。仲蔵が取った行動は、その役を受けたうえで、今までの手法とはまったく違う、斬新な役を演じ、主役がその端役を演じた中村仲蔵に食われるような演技を確立しました。

 人生において、厳しい現実に直面しなければならないがあります。仲蔵も、役が振られたときは、「何でこんな役をしなければいけないのか」と悔しい思いをしたと思います。しかし、思い直して与えられた場所で全力を尽くすことで、道を切り拓きました。そんな不撓不屈の精神力、前向きな姿勢は今の時代にも大切だと思います。落語からは様々な人生訓も学べます。