《校長日誌》誰にも穏やかな居場所を~読売新聞埼玉版コラムより~

 12月4日付けの読売新聞埼玉版のコラム「支局から」で、徳毛貴文さいたま支局長がコラムを書いていたので紹介します。


 公開中の映画「この世界の片隅に」(こうの史代原作、片渕須直監督)が話題です。舞台は戦時中の広島・呉。見知らぬ土地に嫁いだ主人公・すずは野草で料理を作るなど、物資が減る中で工夫を重ね、1日1日をひたむきに生きます。しかし、すずは空襲で「かけがいのないもの」を失ってしまいます。「ここにいていいのか」と悩むすず。戦争は日常を懸命に生きる人からささやかな居場所すら奪っていくのです。これは過去の物語でしょうか。戦争を「いじめ」「生活苦」「虐待」などに置き換えたらどうでしょう。「いつも時代の誰にも、ふつうの暮らしと穏やかな居場所があってほしい」。映画には、こんな願いが込められているように思います。

 東松山市の河川敷で、井上翼さん(当時16歳)を死なせたとして少年5人が起訴されたり少年院に送られたりした事件で、県教育委員会などの検証委員会が中間報告をまとめました(1130日埼玉版)。そこには、5人が様々な事情で「居場所」を失った様子がうかがえます。

 ある少年は、家庭環境の問題に加えて病気も抱え、人間関係の作り方が身につかないまま高校を中退してしまいました。別の少年は安心して生活できる場所がなく、似た環境の非行少年と外泊を重ねて学校の指導が届かない状態でした。

 子供たちを被害者や加害者にしないため、何ができるのか。ささやかな居場所をどうしたら作れるのか。報告書は私たち大人に、重く問いかけています。


 この文章を、本来、教育のプロであるべき私たち教員はどのように受け止めるべきでしょうか。今回の東松山市の事件について、徳毛支局長が指摘するような問題意識を持って、中間報告の記事を読んでいるでしょうか。

 鳩ヶ谷高校にも多様な生徒が実際に在籍しています。家庭的に恵まれている者もいれば、恵まれていない者もいます。同級生と楽しく高校生活を送っている者もいれば、同級生との距離感を保てずに悩んでいる者もいます。私たち教員一人一人がリアリティを持って、生徒一人一人の変化に気づき、しっかりと居場所があるように見守ってあげましょう。そのためには、私たち教員が常に情報を共有できる職場環境づくりが大切です。