感動の隣には常に「やり過ぎ」がある

 先日、新任校長研修会で、埼玉県経営者協会の根岸茂文専務理事の講演を拝聴しました。いい話がたくさんありましたが、今回はその中の一つを紹介します。出典は『やり過ぎる力』(朝比奈一郎:ディスカヴァー212013)です。
 朝比奈一郎氏は、元経済産業省のキャリア官僚であり、在職中にNPO法人プロジェクトK(新しい霞が関を創る若手の会)代表として、現在、青山社中株式会社筆頭代表、中央大学客員教授などで活躍されています。

 泣き叫ぶ赤ん坊を抱えた若い母親が、バスに乗車して間もなくのバス停で降りようとした時、バスの運転手が「ここが本来の目的地ですか?」と聞きました。通例であれば余計なお世話に近い「やり過ぎ」な行為です。若い母親は、「本当は新宿駅まで乗りたいのですが、子供が泣き叫ぶもので」と答えました。その時、運転手はおもむろに車内アナウンスを開始し、「皆さん、この若いお母さんは新宿まで行くそうなのですが、赤ちゃんが泣いて皆さんにご迷惑がかかるのでここで降りると言っています。子供は小さい時には泣きます。赤ちゃんは泣くのが仕事です。どうぞ皆さん、少しの間、赤ちゃんとお母さんを一緒に乗せてあげてください」と言いました。車内からは自然と拍手が沸き起こったそうです。

 前例やマニュアル外の「やり過ぎ」が感動をよぶ一例です。やろうとすれば誰でもできる”やりすぎ”の事例です。人生を躍動にみちたワクワク感で包むためには「やり過ぎ」は必要不可欠です。前例や常識にとらわれない力、それらを打ち破る力こそ、「やり過ぎる力」の本質です。

 日本近現代の歴史でも大変革を迎えた時期、明治維新、戦後混乱期などは、20代、30代の若い世代の人々が世の中を大きく変えました。慣習やマニュアルは経験に基づいた集大成だと思いますが、それだけに縛られすぎてしまうと本質を見失ってしまうと思います。