《校長日誌》中等教育の再生~『異論のススメ』から思ったこと~

 佐伯 啓思 京都大学名誉教授は、『異論のススメ』(平成2811月3日『朝日新聞』朝刊)で中等教育の再生は「脱ゆとり」で解決するのかについて論じていました。「今日の中等教育はあまりにも問題を含みすぎており、どこから手を付ければよいのか、途方に暮れるといった状態にある。…一般化はできないが、とりわけ公立中学校の教師の負担は、教職という職種からすると想像を絶するような忙しさである。週に25時間の授業をしつつ、それぞれの業務のほかに、部活、会議、素行不良生徒等への対応等が続き、帰宅は深夜近くになる、などという話はよく耳にする。…日本では、土曜、日曜も部活のために出なければならない。部活にとられる時間とエネルギーは相当なもので、部外者からすれば、いったいどうして部活のウェートがかくも大きいのか不思議なのだが、おかげで教師も生徒もほとんど休日がなくなっている。OECDの調査によると、加盟国の週平均勤務時間が約38時間で、日本は54時間にもなっている。多い教師はこれをはるかに超えるだろう。」と述べています。

また、「本当に深刻なのは、学力的にいえば「中」から「下」にかけた生徒の中等教育だと思う。おそらく日本に置いては学力レベルでトップクラスの子供たちは世界水準でもトップレベルであろう。彼らは多くの機会にめぐまれその多くは充実した学校生活を送っているかもしれない。しかし、平均から下にかけては、学校自体が面白くなくなってしまう。しかも、いじめや校内暴力、不登校の場合、子供からすれば、家庭がうまくいかず居場所がなくなっているケースが多い。これは、学校だけではなく社会問題でもあるのだ。」と指摘しています。

現在の高校生の現状と課題を分析すると大きく3つの論点あります。1点目は、学力の課題です。OECD生徒の学習到達度調査(PISA)において、2012年の調査では日本の高校生は、読解力、科学的リテラシーの2分野において読解力、科学的リテラシーにおいて1位となり、トップレベルを回復しましたが、学習への動機付けや社会との関連、自己肯定感の低さが課題になっています。よく考えてみると、2012年のPISA調査は、いわゆる「ゆとり教育」を受けた世代が調査対象であり、「ゆとり教育」が否定される根拠にはならないと思います。

2点目は、保護者の経済状況の激変です。現在の日本では、深刻な社会問題のひとつが「子どもの貧困」と呼ばれる問題です。経済的貧困が直接・間接の原因となり、子供たちの可能性が奪われています。日本の実質所得は、1990年代末にピークを迎えた後には下落を続け、現在は30年前の水準に戻っています。一方で、相対的貧困率は着実に伸び続け、現在一人あたりの等価可処分所得(家計所得を家計人数の平方根で割ったもの)が110万円以下の貧困家庭は16%となっています。特に貧困率が深刻なのは母子家庭で、2/3の母子家庭では世帯収入が300万円以下です。ここ15年で子供たちをめぐる経済環境が大きく変化しています。

3点目は、高校生の学校外における学習の時間の変化です。平成17年度に国立教育政策研究所が、全国の高校生15万人を抽出調査しました。土日を除く平日に全く勉強していない生徒は39%でした。その一方で、高校生の学校外の平均学習時間については、1990年、2001年、2015年の比較では、中上位層では、114(1990)99(2001)119(2015)と大幅な改善傾向が見られますが、下位層では、49(1990)38(2001)45(2015)と低い水準で推移しています。その一方で、高校生の携帯電話・スマートフォンの1日あたりの平均使用時間(2015年調査)は、男子高校生が3.8時間、女子高校生が5.5時間と1日の時間を大きく圧迫しています。

ここ7~8年の中学生向けの学習塾では、一斉授業的な指導方法の従来型ではなく、個別指導型や最大6人という少人数指導型の学習塾が増えてきています。これは中学生の学力幅が多様となり、一斉授業に耐えられない生徒が増えてきているという中学生の変化を踏まえ、ニーズに対応する学習塾の経営姿勢が背景にあります。

 佐伯名誉教授は、「フィンランド方式とは、一種のゆとり教育であり、平均以下の子供の底上げを狙って個々の子供に合わせた学習を採用するものであった。」と述べています。保護者の経済格差によって子供たちの将来が狭まらないように、また、教員の業務を増やさずに、私たちが日々接している多様な学力の生徒一人一人に対応できる学習指導の方策がないか研究をしています。