校長日誌

2014年6月の記事一覧

本多静六博士=元気にあいさつ+職業の道楽化

 埼玉ゆかりの三偉人は、塙保己一(はなわほきいち:17461821:江戸時代に目が不自由であったが国学者として活躍)、渋沢栄一(しぶさわえいいち:18401931:日本の資本主義の基礎を築いた大実業家)、荻野吟子(おぎのぎんこ:18511913:日本で最初の公認の女性医師)と言われています。

 ところで、本多静六(ほんだせいろく)博士をご存じですか。本多静六博士は、慶応2(1866)年に現在の埼玉県久喜市(旧菖蒲町)に生まれ、ドイツに留学し、東京帝国大学で教鞭をとり、日本最初の林学博士として近代林学の基礎を築くとともに、明治神宮の森や東京都水源林などの森林の造成、日比谷公園(東京都)や大宮公園(埼玉県)をはじめとする全国各地の公園の設計など様々な事業を行い、近代日本の発展に大きく貢献しました。

 また、私財を投じて取得した秩父地方の山林2600ヘクタール余りについて、奨学金事業創設のため、昭和5(1930)年に埼玉県に寄付しました。この森林から生ずる収益をもとに「本多静六博士奨学金」が設けられ、昭和29(1954)年以降現在までに2000人を超える学生に奨学金が貸与されています。

 本多静六博士曰く、努力が報われる人・報われない人、運がいい人・悪い人・・・ここには一つの共通点があるとのことです。人生の基本原則「当たり前」のことが、きちんとできているか、いないかだけの差だそうです。例えば、元気にあいさつすること。どんなに知識豊富で学校で優秀であっても、元気にあいさつできない人は、自分が思い描くように前に進めません。

 本多静六博士は、元気にあいさつできることは「当たり前」のこととして、人生の処世術をまとめています。それによると、「人生の最大幸福はその職業の道楽化にある。富も名誉も美衣美食も、職業道楽の愉快さには遠く及ばない。職業の道楽化とは、学者のいう職業の芸術化、趣味化、遊戯化、スポーツ化もしくは享楽化であって、私はこれを手っ取り早く道楽化と称する」と記しています(『我が処世の秘訣』(三笠書房 1985年)。職業を道楽化する方法はただ一つ努力にあると言っています。「あらゆる芸術と同じく、はじめのうちは、多少の苦しみはあるが、すべての喚起も幸福も努力をとおして初めて得られることを自覚し、自分の職業を天職と確信し、迷わず専心努力しなさい」と博士は説いています。
 今日でも色あせない生き方だと思います。

開校記念日・鳩ヶ谷高校誕生記

 本日は、鳩ヶ谷高等学校の開校記念日で、生徒は休業日ですが、部活動の生徒は元気に登校しています。掲揚塔には、校旗が、国旗、県旗とともにたなびいています。鳩ヶ谷高等学校の創立までの経緯を調べてみましたので、ご紹介します。

 鳩ヶ谷に中等教育の学校をという地元の願いは、昭和15(1940)年からの念願だったそうです。しかし、本校の誘致運動が具体化したのは、昭和49(1974)年9月でした。以来15年間の長い年月の間、鳩ヶ谷市長(当時)を先頭に、鳩ヶ谷市民(当時)の皆様の粘り強い運動が実を結び、大きな期待のもと、昭和63(1988)年4月に本校は開校しました。

 人口約6万人の鳩ヶ谷市(当時)には、「高校がない、駅がない」ことに対する不便さが強くありました。本校の開校と、その後の埼玉高速鉄道の開通による駅の開設により、鳩ヶ谷地域は大きく発展しました。平成231011日には川口市と鳩ヶ谷市が合併し、新「川口市」が誕生しました。

 本校の施設面では、従来の県立高校の校舎と違って一棟式で、太陽の光を享受できる構造になっています。27年たった現在でも、斬新なデザインだと思います。特に、正門を入った正面にある鳩をデザインしたステンドグラスは、開校当初、白い校舎とともに地元のシンボルとして脚光をあびたそうです。現在でもその輝きは失われていません。

 本校初代校長の島田宏二校長は、第1回入学式の式辞で、「生徒たちは一人ひとりが自分で学ぶ意識を自覚した高校生活を過ごしてほしい。教職員も三学科併置の特色ある学校づくりを目指して努力していく」と述べられました。また、新入生代表は、「今の感激を忘れずに、自分達の手で協力し合い鳩ヶ谷高校の伝統を一つ一つつくりあげ、悔いのない高校生活をおくりたい」と決意を述べています。

 27年目のバトンを受け継いだ私たち教職員・生徒は、開校当初の皆様の決意をしっかりと引き継いでまいります。


自分の番 いのちのバトン

 今から15年位前、先輩の先生から素晴らしい詩を紹介されました。詩人であり、書家でもある 相田みつお(19241991) さんの「自分の番 いのちのバトン」という詩です。私は、地理歴史科・公民科のうち日本史や世界史を中心に多くの高校生に教えてきました。この詩に出会った時、歴史教育は、いつの時代でもかけがえのない尊い命のバトンの大切さを伝えることだと思いました。

 父と母で二人

 父と母の両親で四人

 そのまた両親で八人

 こうしてかぞえてゆくと

 十代前で千二十四人

 二十代前では・・・?

 何と百万人を越すんです

 過去無量の

 命のバトンを受けついで

 いまここに

 自分の番を生きている

 それがあなたの命です

 それがわたしの

 いのちです

        みつを

 連綿と続く命のバトンが受け継がれてきたおかげで、今の自分は存在しているのです。ご先祖様の一人でも欠けていればバトンは途切れ、今の自分は存在していないのです。自分の命の尊さに気付けば、他人にも優しくなれるはずです。人間は自己中心的な存在です。もう一度、自分自身を見つめ直してもらいたいと思います。そして、自問してみましょう。「他人に優しくしていますか」
 この詩は、『いのちのバトン-初めて出会う相田みつをのことば』(角川文庫 2005年)に所収されています。その他、心を揺さぶる詩がたくさんありますので、ご一読ください。 

 

追い求めること

 今年も鳩ヶ谷高校の部活動は元気です。剣道部、女子ソフトテニス部、陸上部が県大会に出場しています。生徒諸君の奮闘とともに、顧問の先生方に感謝しています。3年生は引退の時期になっていますが、その他の運動部も文化部も頑張っています。

 JR北浦和駅前にある県立近代美術館では、第64回埼玉県美術展覧会(県展)が開催されています(今日が最終日です)。鳩ヶ谷高校写真部の2年生の生徒の作品と今春の卒業生の作品が展示されているので鑑賞に行きました。2年生の生徒の作品は「文化祭翌朝」という6枚の組写真です。床にころがる空き缶、放置された立て看板、空虚な教室の雰囲気などが白黒写真から伝わります。祭りの後の寂しさから活気があったであろう文化祭の賑やかさも感じさせる作品でした。卒業生の作品「回想」は、白黒のコントラスト鮮やかな作品で、埼玉新聞社賞を受賞した力作でした。彫刻の部門では、今年80歳になる高校時代の恩師の作品も展示してありました。先日の同窓会でも「作品を創るのは大変だけど、これが楽しいのだ」とお話しされていました。
 人間は、何かを追い求めることにより、自分の価値を見いだします。高校生という青春時代、スポーツでも文化活動でもよいので、今の時期にしかできないことを、何か一つ追い求めてもらいたいと思います。現在、ワールドカップが開催されていますが、出場している日本人選手のプロフィールを見ると、夢を追い求めることの素晴らしさを改めて教えてくれます。

 

合唱同好会

 14日、さいたま市文化センターで第59回埼玉県合唱祭が行われ、鳩ヶ谷高等学校合唱同好会も出場しました。埼玉県合唱祭は、中学生、高校生、大学、社会人の256団体が参加する国内でも最大規模の合唱祭です。

 鳩ヶ谷高等学校合唱同好会20名の生徒が、「Ave Maria」(アルカデルト作曲)と「ハナミズキ」(一青 窈作詞:マシコタツロウ作曲・今村 康編曲)の2曲を熱唱しました。私は、1階15列目のセンターで、じっくりと鳩高生20名の合唱を聞きました。客席から、生徒一人一人が思いを込め、表現力豊かに熱唱している姿を間近で見ることができました。歌は、聴く者に力を与えてくれます。

 私は、2曲を聴いて、「Ave Maria」からは清らかさ、「ハナミズキ」からは生きることの素晴らしさを感じました。「Ave Maria」は、16世紀の作曲家アルカデルトのシャンソンを元に、19世紀フランスで改編された賛美歌だそうです。「ハナミズキ」の歌詞は、一青窈さんが、アメリカ同時多発テロ(2001911)が起こった時、ニューヨークにいた友人からのメールをきっかけに、一週間ほどでこの歌詞を書き上げたそうです。一人一人が自分の好きな人のずっと先の人の幸せを願うことで、怒りの連鎖は止められると願ったそうです。

 鳩ヶ谷高等学校合唱同好会の歌声が、会場に爽やかさを運びました。歌の魅力を改めて感じました。