2014年7月の記事一覧

「こころ」はみえないけれど・・・

 今晩から、鳩ヶ谷高校の有志生徒27名と引率教員5名が、被災地ボランティアに出発します。1泊2日(車中1泊)の弾丸ツアーですが、本校の「総合的な学習の時間」における夏季休業中課題の一つとして計画され、今年で2回目となります。名乗りを上げた27名にエールを送ります。また、引率される5名の先生方にも感謝です。被災地ボランティアの冊子の巻頭言に次のように書きました。

 平成23年3月11日、想像を絶する東日本大震災の被害に人々は言葉を失い呆然としましたが、被災地の報道の合間にテレビで流れていた詩を皆さんは覚えていますか。当時、CMが自粛される中で、民放でACジャパンの意見広告が繰り返し放映されていました。

 高校の友人2人と電車の中でふざけあう自分は、妊婦を見かけるが見過ごし、妊婦に席を譲る若い女性を見て自責の念にかられる。友人と別れ、歩道橋で杖をつきながら階段を登るお年寄りをいったんは通り過ぎた自分だが、戻ってお年寄りを手助けした自分。

 その30秒の映像に、埼玉県が生んだ詩人・宮澤章二さん(19192005)の『行為の意味』から抜粋要約したフレーズが重なります。

 「こころ」は

 だれにも見えないけれど

 「こころづかい」は見える

 「思い」は

 見えないけれど

 「思いやり」は

 だれにでも見える

                 宮澤章二『行為の意味』より

 その気持ちをカタチに。


 大震災に遭遇しながらも、節度を失わず、悲しみに耐え、譲り合い、助け合う被災地の皆さんの姿は、私たちに「こころ」や「思い」がこの時代に大切なことを再認識させてくれました。

 鳩ヶ谷高校の27人の皆さん、皆さんの素晴らしい「こころ」と「思い」を、しっかりと「カタチ」にしてください。
 
 生徒諸君は学校に集合し、ミーティングで一人一人が参加の決意を述べてくれました。2年連続参加の生徒もいます。生徒諸君27名と引率の5名の先生方は、学校からバスで元気に出発しました。
 


鳩ヶ谷高校中庭

 今日、気象庁は、「関東甲信越地方が梅雨明けしたと思われる」と発表しました。昨年に比べると16日遅いそうですが、平年より1日遅いとのことです。
 鳩ヶ谷高校は夏休みに入りましたが、部活動の他、3年生は進路決定に向けて補習や面接練習など、一人一人が目標に向かって暑い(熱い)夏を過ごしています。

 鳩ヶ谷高校のホームルーム棟と園芸デザイン科棟の間に、広大な中庭があります。設計したのは、現在、杉戸農業高校に勤務されている仲山嘉彦教頭先生です。

 創立当初、鳩ヶ谷高校の庭造りのために樹木の寄付の申し出が何件もあったそうです。特に、武蔵野会館(当時:現在のホテルブリランテ武蔵野)から多くの樹木の寄付を受けたそうです。最初は、和風庭園にする予定だったそうですが、和風にすると変化に乏しいことと、校舎とのバランスを考え、洋風庭園にすることになったそうです。

 背丈の低い苅り込みタイプの樹木と四季折々の草花を組み合わせたギリシャ風の庭園となりました。26年間ずっと園芸デザイン科の先生方や生徒諸君が、丹精込めて手入れをしてくれているおかげで、校内の皆さんの目を楽しませ、心を和ませてくれています。

粘り強さに勝るものはない

 鳩ヶ谷高校は今日が第1学期の終業式でした。
 終業式では、生徒諸君には、3つの力をしっかりと身につけてもらいたいと話しました。3つの力とは、①最後までやり抜く力 ②困難を切り開く行動力 ③物事の良さや欠点を見抜く力 の3つです。あわせて、スマートフォンや携帯電話の危険性、鳩ヶ谷高校被災地ボランティアの紹介なども織り込みました。生徒諸君に強調したのは、最後までやり抜く力の大切さです。米国の第30代大統領カルビン・クーリッジ(18721933:在任19231929)は、「この世には、粘り強さに勝るものはない。才能があっても、それを生かせない人が何と多いことか」と言っていることも紹介しました。
 3年生は進路決定に向けて重要な夏です。1年生2年生も将来に向けて大切な夏です。粘り強く、充実した夏休みを過ごしてもらいたいと思います。

飛耳長目(ひじちょうもく)

 鳩ヶ谷高校の今日は、14日から始まった球技大会の最終日です。グラウンド、体育館で熱戦が繰り広げられています。
 私は、歴史が好きで、司馬遼太郎や池波正太郎、吉村昭などの歴史小説をよく読みます。司馬遼太郎は多くの歴史小説を書いていますが、好きな作品の一つに『世に棲む日々』があります。吉田松陰と高杉晋作を中心とした幕末の時代をいきいきと描いています。
 吉田松陰(18301859)は長州藩士の子として生まれ、11歳の時に藩主に兵学の御前講義をする逸材でした。その後諸国を遊学し、ペリー来航時(1853)時には海外密航を企てて幕府に投獄されます。その後、故郷の萩(山口県萩市)で幽閉生活を送る中で松下村塾を開き、高杉晋作、伊藤博文など幕末から明治・大正期に活躍する人材を育成しますが、安政の大獄により江戸小伝馬町(東京都中央区)で処刑されました。
 「飛耳長目(ひじちょうもく)」という言葉は、吉田松陰が好んだ言葉の一つです。耳が遠くまで聞こえて目が遠くまで行き届くということですが、常にアンテナを高くし、広く世の中のことを感知し、多くの情報を集めて判断を誤らないようにしようという意味だと思います。
 現代は、とても変化の激しい時代です。20年くらい前はポケベル(ポケットベル)が大流行し、学校での指導をどうするか先生方が右往左往したのを覚えていますが、その5年後には携帯電話の普及とともに衰退消滅していきました。そして現在は携帯電話からスマートフォンにシフトしています。かつては必要でなかった通信料金が各人に重くのしかかっています。私も、3月末にスマートフォンに更新しましたが、通信料金が3倍になり大失敗したと思っています。
 現実には、私たちの予測を上回るスピードで通信機器が進歩していますが、私たちのモラルは全く追いついていません。「ネットいじめ:悪口・他人の個人情報は絶対に書かない」「SNS:個人情報漏えいに注意し、個人ID・写真は公開しない」「コミュニティサイト:犯罪目的で使用されるケースもある」「チェーンメール:送らない。回さない」「不正アプリ:ウイルスの可能性が高い」「違法ダウンロード:犯罪です」「長時間使用:集中力を害し、視力低下につながる」「歩きスマホ:本人も他の人も、とても危険」・・・
 携帯電話やスマートフォンの不用意な使用は、犯罪に巻き込まれるだけでなく、知らないうちに加害者になることもあります。吉田松陰の言った「飛耳長目」は的確な判断力があって初めて成り立ちます。携帯電話やスマートフォンに潜む危険性をしっかりと認識したうえで使用することが何よりも大切だと思います。

「鳩高握手」

 台風一過の夏空が一転し、午後4時前から鳩ヶ谷高校は激しい雷雨に見舞われています。今日は期末考査返却最終日で4時間授業でしたが、部活動で残っていた生徒諸君は雨宿りをしています。
 どこも学校にも卒業記念品があります。鳩ヶ谷高校も正門を入ると右手の大きな楠の下に、大きな手があります。これは第3回卒業生の卒業記念品「鳩高握手」です。作者は、本校で美術の講師をされていた青木邦眞先生です。青木先生は、彫刻作品の多くが台の上に載っていて棚が施され触ることのできない雰囲気を持っており、芸術が特別扱いされる感じを抱かれ、それを打ち破り、みんなに触ってもらえる彫刻を作ろうと考えられたそうです。当時、先生は手をテーマにした作品を多く創作しており、卒業記念品のテーマを人間の手にされました。
 「鳩高握手」の手は、教員の大きくて温かい安心感のある手を表現しているそうです。入学した生徒には、「ようこそ鳩高へ」、卒業していく生徒には「頑張ろう」と差し出される握手の手でもあります。原案では、もっと高い位置から手を差しのべていたそうですが、青木先生の恩師から「そんな高慢な手では駄目だ。上から差しのべるのではなく、同じ高さからにすべきだ」とのアドバイスを受け、今の形になったそうです。

チーム鳩ヶ谷

 鳩ヶ谷高校は、今日で期末考査は終了です。明日から3日間は考査返却日です。テストでできなかったところは自分の弱点ですので、しっかりと見直しすることが大切です。

 人間が集団で行動する際、「グループ」や「チーム」、「組」、「班」、「団」などいろいろな呼び方があります。「グループ」と「チーム」には違いがあるそうです。

①「グループ」は強いリーダーに率いられる。「チーム」は状況に応じてリーダーシップを分かち合う。

②「グループ」はただ黙々としている。「チーム」は楽しみ、笑いが絶えない。

③「グループ」は必要だから集まる。「チーム」は仲間との集いを待ち遠しく思う。

など、「グループ」と「チーム」には違いがあるそうです。
 私は、今年度の鳩ヶ谷高等学校PTA広報誌『きずな』にも、このことを紹介しました。「縁あって、鳩ヶ谷高等学校の一員となりました。ぜひとも、保護者の皆様・生徒諸君・教職員が一体となって「チーム鳩ヶ谷」を創りあげていきましょう。」と記しました。誠に残念ながら、かけがえのない「チーム」の一員が幽明境を異にすることとなりました。痛恨の極みです。よりよい「チーム鳩ヶ谷」になるように全力で取り組んでまいります。

七夕伝説

 今日の鳩ヶ谷高校は、期末考査第3日目です。生徒諸君は、しっかりと期末考査に取り組んでいます。明日が最終日ですが、頑張ってください。

 今日は七夕です。あいにくの雨空です。七夕は、中国の伝説で、今から約1300年前の奈良時代に日本に伝わったといわれています。天の帝の娘で、機織りをしていた織姫は、牛飼いをする彦星(牽牛)と恋に落ちました。ところが、恋愛にかまけた二人は仕事をしなくなりました。怒った帝は、織姫を彦星から天の川の境にして引き離します。悲しみにくれる織姫を見かねた帝は、年に一度だけ会うことを許します。それが、7月7日なのです。

私は、子供の頃、埼玉県で天の川を見た記憶はありません。すでに、東京の夜の街の明かりが明るく、澄み切った夜空ではなかったようです。私が初めて天の川を見たのは、高校1年生の時に山岳部の夏合宿で北アルプスに行った時でした。満天の星空に川のように星が集まっている天の川を今でもよく覚えています。

大人になると、七夕などの季節行事をつい忘れがちですが、古来から続く伝統行事は大切にしたいものです。大人になっても実現しない願いごとはたくさんありますが、何歳になっても願い続けることはとても大切なことだと思います。

勉強

 鳩ヶ谷高校は、昨日から期末考査です。朝、教室を覗いてみると、朝早くから教室に来て直前勉強をしている生徒が何人もいます。期末考査は8日までですが、日頃の成果を、しっかりと出し切ってもらいたいと思います。

 ところで、「勉強」とは「学習」の意味であることは今日では明白ですが、明治時代初期には「勉強」という語に「学習」という意味はありませんでした。明治5(1872)年発行のヘボンの『和英語林集成』(初版)には、次のように訳されています。
 BEN-KYO ベンキヤウ 勉強(tsutome)
 I
ndustrious,diligent,activesuru,to be industrious
 「勉強」は「勤勉」の意味でしか訳されていません。学習の意味での勉強は、明治になってすぐ生まれたわけではありません。江戸時代には、勉強は「無理をする」あるいは「骨を折って励むこと」、つまり、たゆみない努力を意味する言葉だったようです。商売では「勉強します」といえば、「安売り」を意味していました。関西地方では今でも言う時があると思います。しだいに、安売りの意味ではなく、学習の意味の勉強が凌駕します。
 大人が「勉強しなさい」と言っている時は、ただ単に「学習しなさい」と言っているのではなく、ひたすらな努力と勤勉を要求している部分があります。語源はともかく、期末考査期間中はしっかりと「勉強」してください。

ひとかけらの勇気

 前回、宝塚歌劇団理事長の小林公一さんのエッセイを紹介しました。その中で、『スカーレット・ピンパーネル』について触れていたので、紹介します。

 『スカーレット・ピンパーネル』は、バロネス・オルティの小説『紅はこべ』(原題:The Scarlet Pimpernel)を原作としたミュージカル作品です。1997年にブロードウェイで初演されました。日本では、小池修一郎さんが潤色・演出をし、宝塚歌劇団で2008年、2010年に上演されました。

お話しは、18世紀末のフランス革命混乱期のフランスが舞台です。フランス革命は、高校世界史の授業でも情勢変化が激しく授業しづらい時代ですが、歴史のうねりを実感させることのできる時代です。高校日本史でいうと、江戸時代末期の幕末のような激動の時代です。
 革命でブルボン王朝が廃止され、国王ルイ16世やマリーアントワネット王妃が処刑されましたが、国政は混乱を極めていました。ロベスピエールを指導者とするジャコバン党によって貴族たちが反革命派として次々と逮捕されギロチンで処刑されます。民衆はそれに歓喜しつつも、少しづつ嫌気が差し始めています。そのような中、英国貴族パーシー・ブレイクニーは、「スカーレット・ピンパーネル」と名乗り、無実の罪の貴族たちを救い出し、英国へ亡命させる活動をしていました。パーシーは、パリの花形女優マルグリット・サンジェストと結婚しますが、その二人に革命政府公安委員ショーヴランが、自らの欲のために「スカーレット・ピンパーネル」逮捕に血眼になって探索します。そこに、処刑された仏国王ルイ16世夫妻の遺児で幽閉されているシャルル王太子を英国に亡命させようとする「スカーレット・ピンパーネル」の活躍がからむ冒険活劇です。

このミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』の主題歌が、前回の小林公一さんも頑張ろうという時に聴いている♪「ひとかけらの勇気」です。

どうしてだろう この世の中に

欺瞞と不正 溢れている 

人が自由に 歓び分かち 

愛し合える至福の日は 来るだろうか 

遠国(とつくに)に 嵐吹き荒れても 

僕は見逃しはしない 

ひとかけらの勇気が 僕にある限り

どうすればいい この世界から 

争いの炎 消えはしない 

人が築いた 心の壁を 

打ち砕き解き放つ その日はいつか 

強い力 立ちふさがろうと 

僕はあきらめはしない 

ひとかけらの勇気が 僕にある限り

登れない山 渡れない河 

数多の障壁乗り越えて

たとえこの身 傷付こうとも 

僕は行く 君の為に
 ひとかけらの勇気が 僕にある限り

 お話は完全なフィクションです。パーシーはじめ架空の人物の活躍談ですし、実在のシャルル王太子(1785~1795)は幽閉のまま、わずか10歳で亡くなっています。しかし、逆境にめげす、理想を追い求める姿勢には感動します。私も「ひとかけらの勇気」を持ち続けていたいと思っています。

  




 

 

 

小林公一さんの仕事力・苦境では一回笑う約束

 先日、新聞で小林公一さんのエッセイを読みました。小林公一さんは現在、宝塚歌劇団理事長、阪急電鉄創遊事業本部長兼創遊統括部長を務められています。曾祖父は、阪急電鉄や宝塚歌劇団を創設した小林一三氏(18731957)です。

 小林公一さんは、「私も失敗をたくさんしてきました。しかし、あまり思い悩みません。やってしまったことは忘れて、気持ちを切り替えて次へ進むほうがいい仕事ができる。今の仕事に一生懸命取り組んでいると、次の段階へ必ず訪れますから、くよくよと立ち止まっていなくていいのです。本当にどうにもならないような苦境に立ったら一回笑ってください。周囲からはへらへらしていると見えるかもしれないけれど、笑顔を作ってみれば心も少し晴れます。」と言っています。

 一生懸命取り組んだという裏付けがあってこそできる行動だと思います。確かに、適当に取り組んで、その後に笑っていたら、へらへらしていると周囲の人は当然思います。人は見ていないようで、他の人の行動をしっかりと見ているものです。

さらに、小林公一さんは、次のようにも言っています。「歌も力になります。私が苦しいときには、ミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』の中で安蘭けいさんが歌った♪「ひとかけらの勇気」が響きます。いろいろとあった時にこの歌を聴くと頑張ろうという気になるのです。」

実は、私も♪「ひとかけらの勇気」は好きな歌の一つです。私もこの歌を聴くと元気になります。小林公一さんのエッセイを読んだときは、歌の力の素晴らしさを改めて実感しました。

『スカーレット・ピンパーネル』はDVDで観ましたが、とても感動しました。最近上演されていませんが、是非とも観てみたいミュージカルの一つです。