2014年8月の記事一覧

『村上海賊の娘』の著者・和田竜さんの決断

 夏季休業もあと11日です。いろいろと計画を立てていながらできなかったこともあるでしょう。残された時間の中で、9月以降の計画をじっくりと考えてみることも大切です。

 さて、2014年本屋大賞を受賞した和田竜さんの『村上海賊の娘』が今年ベストセラーになっていて、発行部数は上下巻合わせて100万部を突破しているそうです。鳩ヶ谷高校の図書館にもありますが、司書さん聞いたところ、生徒のリクエストで予約待ちの状況だそうです。
 著者の和田竜さんは、戦国末期、豊臣秀吉方の石田三成勢2万の大軍に屈せず、たった500名で忍城(埼玉県行田市)に籠城した成田長親の姿を描いた映画「のぼうの城」(2011年)で一躍有名になりました。私も小説も読みましたし、映画も見ました。また、映画にも登場する忍城跡、石田三成が本陣を置いたさきたま古墳群の二子山古墳、忍城を水攻めにした際の堤防跡である石田堤跡なども訪ねました。

先日、和田竜さんのインタビュー記事を読みました。「『村上海賊の娘』は、史料の読み込みから始め、一度シナリオを書いて感触をつかみ、週刊誌に連載を執筆しました。その間約4年半。渾身の一作」だそうです。
 和田さんは、高校時代にアーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画「ターミネーター」(1984年・アメリカ)を見て、映画監督を志したそうです。早稲田大学卒業後、番組制作会社に就職しますが、自分に向いていないと思いました。しかし、辞め癖をつけたくなくて3年間頑張り、その時に、自分が映画作りに関わるには、現場を仕切る監督ではなく脚本家だろうと考えたそうです。
 転職して業界新聞社に記者として入社し、「アルバイトをしながら脚本家をめざす人もいますが、それでは絶対にジリ貧になると思い、正社員がいいと冷静に判断しました」と述べています。入社してからは、午後7時に帰宅し、3時間仮眠して、午後10時から朝方の午前5時まで執筆して就寝し、午前8時に起きて出社するという生活の繰り返しだったそうです。脚本を書き続けて4年間、脚本の懸賞をとるために応募しても入選はひとつもなし。「正直、どん底でした。先が見えず、このままで一生が終わるのかという不安が常にありました」と率直に述べています。しかし、「脚本を書くことを取ったら自分には何も残らないし、胸を張って世間を歩けないと思ったから踏ん張れた。それと、評価されないのは絶対おかしい。いつか自分の作品の面白さを証明してやりたいという思いもありました。」とも述べています。
 オリジナル脚本『忍ぶの城』(のちに映画化されて「のぼうの城」)が脚本界の新人登竜門「橋戸賞」を受賞したのは、和田さんが業界新聞記者に転職してから5年目の33歳の時でした。小説『のぼうの城』として刊行されたのはさらに4年後です。和田さんは「好きなら「めげずに頑張ること」が大切ですが、つまらないと思う度合いが8割に達したら辞める決断をしてもいい。冷静に自分を見据えて決断した方が結果的に自分らしい道につながると、経験から実感しています」と述べています。

 今日も、進路室には3年生が来て、担任の先生と相談しながら将来について真剣に考えています。高校時代、いろいろな方々の経験談などを参考に、しっかりと自分の道を見つけてもらいたいと思います。


かたづけの秘訣

 立秋(今年は8月7日)が過ぎ、台風通過とともに、暑さの中にも秋の気配が感じられるようになりました。鳩ヶ谷高校では、蝉しぐれの中、グラウンド、体育館、校舎内で部活動が行われています。進路指導室は、先週に比べると3年生の数も少なくなっています。

 私が大学生の頃、新書と言えば、岩波新書、中公新書、講談社新書くらいでした。現在では、多くの出版社から新書が刊行されていますが、内容的には随分と読みやすく(易しく?)なった気がします。先日、岩波ジュニア新書の杉田明子・佐藤剛史著『中高生のための「かたづけ」の本』(岩波書店;2014)を読みました。岩波ジュニア新書は、中高生を対象に昭和54(1979)年に刊行されていますが、大人でもとても参考になる本がたくさんあります。

 『中高生のための「かたづけ」の本』では、冒頭で「かたづけくらいできて当然という先入観が私達のまわりにあるのです」と著者はぶつけてきます。私を含めて、皆さんもそのように思っているとは思いますが、現実はなかなかうまくはいきません。次に、「はたして、かたづけはできて当然でしょうか」と問題提起をしてきます。「自転車の補助輪を外す時、あなたはどうやって外しましたか。二重跳びや逆上がりができるようになりたいと思った時、あなたはどうしましたか。まずは、先生やお父さん、お母さん、友達にやり方を教わり、練習をしたはずです。すぐにできるようになった人もいたでしょう。時間のかかる人もいたでしょう、かたづけは、練習すれば誰でもできるようになるのです」と解説します。でも、実際は、かたづけ方などは、誰も教えてはくれません。自分を含め、誰もが自己流だと思います。

 「整っている状態」を知るのに一番の場所はスーパーマーケットだそうです。チョコレートが欲しいと思えば、簡単にチョコレート売り場にたどりつくことができます。それは、ルールに則って販売されているからだそうです。一方、ディスカウントショップは多種多様な商品が、スーパーマーケットとは違う分類方法で並べて売られています。ここでは、「こんなモノもある、あんなモノもある」と宝物を探すようにショッピングを楽しめますが、探し求めているものになかなかたどり着きません。つまり、自分の部屋がスーパーマーケットのようであれば、モノを探すストレスがなくなり、気持ちよく生活ができるそうです。かたづけするためには、①時間 ②体力 ③想像力 ④覚悟 が必要だそうです。

 今、私は校長室を大掃除中です。鳩ヶ谷高校が開校して27年、開校以来の貴重な資料が校長室にはたくさんありますが、どの場所に何があるのかよくわかりません。この夏季休業中に資料を書棚から全部出して、分類し取捨選択して整理をする作業をしています。5周年記念誌、10周年記念誌、20周年記念誌、生徒会誌、修学旅行文集、卒業アルバム・・・。お宝がたくさん出てきます。実に面白いです。でも、かたづけには一番の大敵がお宝で、つい見入ってしまうのが駄目だそうです。今月中に整理整頓を終わりにします。

 今、あなたの部屋はかたづいていますか。

無名の人

 今日の鳩ヶ谷高校は、中学生対象の部活動体験最終日です。グラウンドでは、サッカー部、陸上競技部、ソフトテニス部などが炎天下の下、元気に活動しています。体育館では、男子バスケットボール部、新体操部、剣道部、卓球部が活動中です。剣道部はとても気合の入った練習をしていました。男子バスケット部は今週末の練習試合に向けて調整をしていました。校舎内では、吹奏楽部、美術部、演劇部、写真部、合唱同好会などが練習しています。美術部は各自が熱心に自分の作品を描いていました。演劇部、合唱同好会は9月の文化祭に向けて取り組んでいます。
 幕末に所郁太郎(18381865)という人物がいました。ご存じの方はほとんどいないと思います。私がこの人物を知ったのは、高校生の時です。国語の教科書に登場していたのを覚えています。話の内容だけ記憶の片隅にあり、彼の名前は忘れてしまいましたが、大学生の時にふと思い出し、調べてみました。

その時にわかったのは、国語の教科書短編小説は、歴史小説家の司馬遼太郎さん(19231996)が教科書に書き下ろしたもので、題名は『無名の人』でした。主人公の所郁太郎は美濃国赤坂(岐阜県大垣市)出身の幕末の志士ですが、日本史の教科書には全く登場しませんが、この人は歴史の舞台に一度だけ、それもほんの一瞬だけ登場します。

時は幕末、所は長州山口(現在の山口県山口市)の郊外です。当時、長州藩は討幕派の高杉晋作(18391867)などと保守派が激しく対立していました。高杉晋作のグループに井上聞多(後の井上馨:18361915)という人物がいました。元治元(1864)年9月25日の夜、山口での会議からの帰路、数人の男に襲われ、さんざんに切られ、瀕死の重傷を負いました。家に担ぎ込まれましたが、医者は助からないと言いました。聞多は、しきりと介錯をしてくれという仕草をしたそうです。この騒ぎの中、偶然、この家に入ってきた人物が所郁太郎でした。かれは、4時間かけて畳針で五十幾針を縫い、ようやく治療を終えました。井上聞多は奇跡的に助かり、再び歴史の表舞台に出て、明治維新後は井上馨として、外務卿として条約改正の取組や農商務大臣、内務大臣などを歴任します。一方、命を助けた所郁太郎は翌年(1865)にチフスで異郷の長州で亡くなります。

司馬遼太郎は、井上聞多の遭難事件のことを調べて以来、所郁太郎のことについて心の隅にわだかまり続けていたそうです。ある時、山口県の明治初年の記録を調べてみると「美濃 所某」とあり、「言葉遣いは穏やかであり、第一流の人物という印象があった」と短いながら書かれていたそうです。また、幕末に蘭学の医師として有名な緒方洪庵(1810~1863)がつくった適塾の入門帳611名の中に彼の筆跡が残っていました。「万延元年八月十五日入門 濃州赤坂駅 所郁太郎」と書かれていました。万延元年とは1860年です。司馬遼太郎は、所郁太郎自身が書いたらしい筆跡と出会い、「君はこんなところにもいたのか」と、息を忘れるほどの感動を覚えたそうです。その後、『美濃浪人』(新潮文庫『人斬り以蔵』に所収)という短編小説に所郁太郎の生涯を初めて記しています。彼の師の緒方洪庵は医師の道を説くことの厳しかった人で「医師というのは、人を救うために人の世で生きているもので、自分のために生きているのではない」と言っています。所郁太郎には一枚だけ写真が残っています。旅の武士姿で笠を持っています。遠くを見据える目には強い意志を感じます。

 所郁太郎の生涯はわずか27歳と短かったですが、この世に生を受け、今、自分ができることを精一杯やり遂げたと思います。昨日は、チーム鳩ヶ谷の一員の月命日でした。緒方洪庵の思いは教師にも通じるものがあるのかなと思いました。また、かつて、この稿でも紹介しましたが(6月19)、詩人あいだみつおの「自分の番 いのちのバトン」の思いにも通じると私は思います。

高みを目指せ

 今日の鳩ヶ谷高校は中学生対象の部活動見学の初日です。8月4日()~6日()の3日間と8月25()27()の3日間実施しています。今日は30余名の中学3年生の生徒諸君と保護者の皆様が部活動見学や学校施設の見学をされています。「百聞は一見に如かず」、ぜひとも鳩ヶ谷高校を実際に見に来てください。

 学校は夏休みに入っていますが、部活動も盛んに行われています。7月30日に開催された第55回埼玉県吹奏楽コンクール地区大会高等学校Bの部で鳩ヶ谷高等学校吹奏楽部が銅賞を受賞しました。吹奏楽部員に聞きましたら、まだまだ次の高みを目指して全員で頑張るそうです。剣道部、ソフトテニス部、男子バレーボール部、写真部の校外合宿も無事に終了し、成長して帰ってきました。

 3年生は進路に向けて重要な時期です。進路指導室には連日多くの生徒が来ています。大学・短期大学進学希望者は推薦入試やAO入試の情報収集や面接練習、就職希望者は本校に来ている526社の求人票(8月4日現在)から会社見学の希望会社を選定し、会社見学や面接練習を行っています。
 とても暑い夏ですが、夢の実現のため、更なる高みを目指し、頑張ってください。