2015年7月の記事一覧

《校長日誌》いざ出発!被災地ボランティア

 先ほど、今年度の鳩ヶ谷高校被災地ボランティア隊が学校を出発しました。1泊2日(車中1泊)の弾丸ツアーで、今年度で3回目となります。昨年度を上回る生徒38名、引率教員5名の大ボランティア隊になりました。参加者は必ずひとまわり成長して帰ってきます。被災地ボランティアは、本校の総合的な学習の時間の取組の一つで、11月の防災教育の学習において、参加生徒に取組内容を発表してもらう予定です。

 2012年に大手広告会社の仙台博報堂が制作した「おもいやり算」というCMがあります。

(場面)小学生の僕が街中で様々な場面を見かける。

(場面)バスから降りてくる高齢者を、先に降りた女性が手を差し伸べる場面

【ナレーション】「+ たすけあう」

(場面)歩道橋でベビーカーを持って階段を昇ろうとする若い母親を若者が手助けする場面

【ナレーション】「- ひきうける」

(場面)公園のベンチで一人寂しげに座っている小学生の男の子に「何かあったの」と女性が声をかける場面

【ナレーション】「× 声をかける」

(場面)突然の雨の中、傘を持たずに一人で走って帰ろうとする小学1年生の女の子を、傘の中に入れる小学生の僕

【ナレーション】「÷ わけあう」

(場面)小学1年生の女の子の笑顔

【ナレーション】それは人を笑顔にする算数。ほら、やさしいでしょ、おもいやり算。

 「思いやり」は、行き過ぎればおせっかい、何もしなければ無関心になってしまいます。作品では、その難しいテーマを、算数の四則をアイデアに「おもいやり算」を使うと、誰もが笑顔になれるというコンセプトで制作したものです。

 平成23(2011)年3月11日の東日本大震災から4年4か月が過ぎました。1日1日が過ぎ去る中で、大震災のことを私達は忘れがちです。大震災に遭遇しながらも、節度を失わず、悲しみに耐え、譲り合い、助け合う被災地の皆さんの姿を思い出してみましょう。

 鳩ヶ谷高校の38人の皆さん、宮城県女川町で、皆さんの一人一人が素晴らしい「おもいやり算」に取り組んできてください。


《校長日誌》歴史と伝統の街・鳩ヶ谷で神輿を担ぎました

 鳩ヶ谷高校のある鳩ヶ谷の地は、江戸時代から日光御成街道の宿場町として栄えた街です。日光御成街道は、日光街道の脇往還として江戸時代に整備された道で、徳川将軍が日光東照宮に参拝する際に岩槻城に宿泊するために利用した道です。鳩ヶ谷の町並は緩やかな坂道に寄り添うように展開しています。埼玉高速鉄道の開通後、都市化が急速に進み、マンションの建設が相次いでいますが、現在でも趣のある商家や石積みの蔵などが点在しています。

 3年前の平成24(2012)年5月にテレビ東京「出没アド街ック天国」で鳩ヶ谷が大々的に取り上げられました。番組で第5位にあげられた鳩ヶ谷総鎮守鳩ヶ谷氷川神社は、鳩ヶ谷宿の日光御成街道沿いの高台に鎮座し、創建は室町時代の応永元(1394)年といわれています。室町幕府4代将軍足利義持の時代です。また、関ヶ原の戦いの直前の慶長5(1600)年7月、徳川家康が上杉景勝を討伐する奥州出陣の際に境内で休息したという故事もある由緒ある神社です。

 去る7月19日に鳩ヶ谷氷川神社の夏祭りがあり、生徒有志7名とPTA会長さん、学校評議員さんと御輿を一緒に担いできました。真夏の太陽の下、いい汗をかくことができました。私も40年ぶりに御輿を担いだのですが、始めの一歩を踏み出すことの大切さを改めて感じました。温かく迎えてくれた地域の皆様に改めて感謝いたします。

《校長日誌》浦島太郎伝説

 今日は第1学期終業式でした。思い返してみると、4月8日の入学式は雪が降りました。5月には猛暑、今年の夏は酷暑かと思ったら6月には梅雨寒、そして7月の大雨と不安定な天候でした。鳩ヶ谷高校の生徒841名が長い夏休みを有意義に過ごして9月の始業式に元気で会おうという思いを込めて「浦島太郎伝説」について話をしました。テレビCMは30秒に中で制作者の思いを伝えないといけません。おとぎ話は伝えやすい素材の一つです。最近は、スマートフォンのAUのCMで、桃太郎にはフレンドリーに、金太郎には上から目線で、桐谷健太が演じていて高校生にもお馴染みです。概要をご紹介します。

 テレビのCMは30秒という短い時間に制作者が思いを込めます。最近のCMではおとぎ話を活用したものを見かけます。おとぎ話には、子供に教え諭すための教訓が必ず入っています。内容は大変わかりやすい、善人はいつか報われ、悪人は最後には罰が当たります。しかし、この法則にあてはまらないおとぎ話があります。「浦島太郎」です。大人になると「あいつは浦島太郎だ」と言われると、世の中の変化に気付かいなことをさします。

 浦島太郎は、善人だと思いますか。悪人だと思いますか。この「浦島太郎」は、実は奥が深いのです。浦島太郎の立場、乙姫の立場でこの話は全く違ってきます。毎日、働き者の漁師であった浦島太郎は、「うまい話」にのり、竜宮城で快楽の世界を体験します。故郷に帰ると300年がたっており、知ってる人は誰もいません。孤独感を味わいます。鯛やヒラメの舞踊り、豪華な食事、乙姫の美しさは楽しかったのでしょうか。鳩ヶ谷高校で例えると、学校がつまらないからとアルバイトといううまい話にのり、時給900円、1000円という接待を受け、不相応のお金を手に入れ金銭感覚を失ってしまうようなものです。楽しさは、一緒に悲しんだり苦しんだりしてくれる家族や仲間がいて初めて楽しさを実感できるものです。浦島太郎はむなしさを感じたのだと思います。

 竜宮城に住む乙姫からすると、漁師である浦島太郎は天敵です。うまい話にのせ、浦島太郎を竜宮城に誘い込み、働き者から腑抜けものにしていまします。年老いた母親も見捨てさせます。最後は自暴自棄にさせることに成功しました。鳩ヶ谷高校で例えると、部活動や勉強などの学校中心の生活から、アルバイト中心の生活に向かってしまい、高校生活の魂を奪い取ってしまうことです。乙姫は浦島太郎の次の獲物を探しているかもしれません。

 ここ話からは3つの教訓についてお話します。

1 「亀」に乗ってはいけない、つまり、「うまい話にはのってはいけない」という教訓。

  亀は、現代では車やバイクである。やさしくされても車やバイクに乗らない。

2 蒸発してはいけない、つまり「家を出る時は、行き先と帰りの時間を親に言え」という教訓。

  急に子供が蒸発したとなれば、親は半狂乱になって探すに違いありません。浦島太郎は帰ろうと思えばいつでも帰れる状態でした。でも自分が楽しかったから、好き勝手をしていたのです。

3 自己中心の悪人になるな、つまり「相手の立場を考えられる人になれ」という教訓。

  浦島太郎、乙姫の立場によって、話の受け取り方は全く違ってきます。浦島太郎の最大の罪は、一人身勝手なことをしていたことにあります。老齢の母親は介護が必要だっだのでしょう。故郷の友達も突然失踪した浦島太郎のことを心配したでしょう。浦島太郎は自分一人のことしか考えませんでした。この点で、浦島太郎は悪人なのです。おとぎ話の最後で罰を受けることに何ら問題はなかったのです。

 夏休みになると様々な誘惑に出会うかもしれません。充実した45日間の長い夏休みを過ごしてください。浦島太郎にならず、二学期始業式に皆さんの元気に会いましょう。


 

《校長日誌》初代に名門なし・中村仲蔵

 落語には古典落語、創作落語、上方落語などいろいろなジャンルがあります。私の好きな落語に「中村仲蔵」があります。先日、三遊亭圓生、三遊亭圓楽、桂歌丸で聞き比べ、語りの大切さ、内容の面白さをを改めて実感しました。

 「初代に名門なし」と言われますが、家柄ではなく実力で大成した人物は、いつの時代も人に言えない努力をしています。歌舞伎役者の初代中村仲蔵(17361790)は、努力の末認められ、厳しい歌舞伎の世界(「梨園」と言います。)の身分制度・門閥の壁を乗り越え、名題となった稀代の名優です。江戸時代の歌舞伎界は下立役から名題まで6段階の身分に分かれており、家柄のない者は、才能や実力にかかわらず、名題には一生なれないのが普通でした。

 稀代の才能と努力の末、名題に昇格した仲蔵は、どんな大役がもらえるかと期待していると、与えられた役は、仮名手本忠臣蔵において、つまらない場面なので客が食事をする弁当幕と呼ばれる五段目の端役 斧定九郎 でした。実は、この役は名題ではなく本来は格下の役でした。当時の立作者と仲蔵との間に不和が起き、立作者が嫌がらせをしたといわれています。

 仲蔵は、こんな役やってられるかと言ってその役を蹴るか、格下役を甘んじて受けるかのどちらかしかありません。どっちにしても批判されるのです。気落ちして上方修行に出るという仲蔵に女房が、「あなたにしか出来ない定九郎を演じろという期待じゃないのですか」と励まします。仲蔵が取った行動は、その役を受けたうえで、今までの手法とはまったく違う、斬新な役を演じ、主役がその端役を演じた中村仲蔵に食われるような演技を確立しました。

 人生において、厳しい現実に直面しなければならないがあります。仲蔵も、役が振られたときは、「何でこんな役をしなければいけないのか」と悔しい思いをしたと思います。しかし、思い直して与えられた場所で全力を尽くすことで、道を切り拓きました。そんな不撓不屈の精神力、前向きな姿勢は今の時代にも大切だと思います。落語からは様々な人生訓も学べます。

《校長日誌》まくら

 鳩ヶ谷高校は、今日から第1学期期末考査です。午前7時30分頃に登校して、直前勉強をしている生徒もいました。最後まで諦めずに、自分の実力を出し切ってもらいたいと思います。

 私は教員になった頃、意識して毎月寄席に行っていたことがあります。私の初任校は専門高校だったのですが、専門科目ではない地歴科・公民科の授業は興味がないと聞いてくれません。午前中から夜まで開催されている寄席も同じで、午前中の前座の若手などは散々です。話がつまらないと、客は見向きもしてくれません。いきなり本題に入ろうものなら、「つまらない」と大声で言われます。

 落語は、「まくら」「本題」「落ち」の3部で構成されています。不思議なことに授業も「導入」「展開」「まとめ」の3部で構成されます。導入部である「まくら」は、自己紹介をしたり、「本題」にはいるための流れをつくったり、「本題」でわかりにくい言葉の説明をさりげなく入れたりして、一連の流れで話します。流れで一席の落語ができるのです。授業も同じように、最近の話題や自分の失敗談など、身近な話しで流れをつくらないと、50分間が修行の時間になってしまいます。
 落語家だけでなく教員も、流れをつくるために、上手な「まくら」にするために様々な情報を収集しないといけません。