2016年9月の記事一覧

《校長日誌》今とこれからを生きる君たちへ~がん教育講演会~

 今日は、全校生徒対象にがん教育講演会を開催しました。埼玉県保健医療部疾病対策課の御協力をいただき、埼玉医科大学総合医療センターの 儀賀 理暁(ぎが まさとし)先生をお迎えして2年ぶりに開催したものです。埼玉県立がんセンターの 清水 怜 先生も傍聴に御来校いただきました。
埼玉県の死因の第一位はがんであり、年間1万8千人以上の県民ががんで亡くなっています。特に、女性特有がんである乳がん及び子宮がんについては、早期発見・早期治療により治るがんであるにもかかわらず、他のがんと比較して死亡率がほぼ横ばいに推移しています。疾病対策課では、若い世代から、乳がん・子宮がんの正しい知識や検診の重要性を学ぶことで、女性特有がんへの関心を高め、予防行動や将来のがん検診の受診を促すとともに、家庭内での波及効果も期待し、県内の小中高生を対象としたがんに関する出前講座を開催しています。
 私自身、いろいろ勉強になりました。人間は60億兆の細胞でできていること、いのちは奇跡であること、60歳になると毎日数千個のがん細胞が発生していること、がんの生涯罹患率は50%であること、がんになると自分喪失に陥りやすいこと、緩和ケアにより生活の質を向上させることが大切なこと、がん=死ではないこと、生命とは共にいながら自分自身でいられること・・・などいろいろと考えさせられました。
後半は2年前に本校でも御講演いただいた阿南里恵さんの話になり、阿南さんの壮絶な闘病生活と希望を失わない前向きな生き方に共感し、生徒、教職員全員が聞き入りました。その後、絢香の歌にあわせてがんと闘った方々の笑顔が映し出され、最後に詩人谷川俊太郎さんの「未来へ」が朗読されました。講演をとおして、今、生きていることの幸せを実感しました。
私は、阿南さんの3つの言葉が特に印象的でしたので、ご紹介します。
1 命はいつ終わるかわからない。それは自分も他人もみんな同じ。だから今日を大切にする。
2 つらくて、つらくて、たまらなくなったらSOS。
3 幸せは比べられない。自分で気づくこと、感じること。
儀賀 理暁 先生、清水 怜 先生、疾病対策課の皆様、ありがとうございました。

《校長日誌》啐啄同機(さいたくどうき)


ものごとには、機というものがあります。禅宗に「啐啄同機(さいたくどうき)」という言葉があります。この言葉は、今から約900年前の中国宋代にできた『碧巌録』という禅宗の代表的な典籍にある、卵が孵化(ふか)する状態から出来た禅宗の言葉です。
 鳥の卵が孵化して雛がかえるとき、中からコツコツと卵の殻をつつい
て、もう十分に育ったことを、外の親鳥に知らせるのが「啐(さい)」。そうする

と親鳥は間髪入れず、外からつついて殻を割ってやる。これが「啄(たく)」

です。中からつつくのに先んじてもいけない。機を同じくして初めてうまく

孵化(ふか)することができる。これが、「啐啄同機(さいたくどうき)」です。

新しい時代を作っていくにも、やはり微妙な機というものがあります。先覚者、先駆者が少し機を先んじてしまうと犠牲が大きくなるし、後れると悲劇になります。「自力で出ておいで!」という親鳥と、「うん、自力で出るよ!」という雛鳥の絶妙のタイミングが「啐啄同機(さいたくどうき)」なのです。平成28年度後半は、鳩ヶ谷高校にとって「啐啄同機(さいたくどうき)」の重要な時期です。

よく私は、親鳥を「子供の育成環境=教師や保護者」に、雛鳥を「子供の自律」と置き換えて考えます。この二つの要素は、子供が未来を生きるために欠くことのできないものであり、今を生きる私たち教師の責任であると考えるからです。雛鳥(子供の自律)を育む親鳥(子供の育成環境である教師や保護者)とは、子供を真ん中において、教師と保護者や地域の方々が、子供たちの将来のために"どのような子供を育てたいのか""どんな鳩ヶ谷高校にしたいのか"といった価値観を共有し、一体となって関わり合っていく仕組みを創っていくことだと思います。機に敏であり続けたいですし、自分たちが当たり前と思っていることでも、変えなければいけない悪しき先例は、変えないといけないと思います。

《校長日誌》元気に挨拶、他人に優しく、夢をあきらめない

 9月12日は、鳩高祭のグランドフィナーレでした。今年は、土曜日が中学校の体育祭と重なり、例年よりも少ない1064名の来場者でしたが、とても充実した文化祭でした。。最後に文化祭実行委員会委員長が手締めをして、第28回鳩高祭は終了しました。その後に全校集会がありました。「祭りは終わった。さあ充実した2学期をスタートしよう」ということです。校長講話では、スマホのauのCMで一躍脚光をあびた「一寸法師」の話から、2学期の過ごし方についてお話しをしました。
 私は、校長になって3年間、全校集会で最後に次の3つのことを問いかけています。
 鳩高生の皆さん
 元気に挨拶していますか。
 他人に優しくしてますか。
 夢をあきらめていませんか。
実は、生徒だけでなく、教職員にも同じように問いかけています。教師という仕事は、この3つがないとできない仕事だと思っています。

《校長日誌》第28回鳩高祭 百花繚乱~笑顔を咲かせよう~

 今日から、第28回鳩高祭が始りました。今年のテーマは「百花繚乱 ~笑顔を咲かせよう~」です。今年のテーマからは、澄み切った青空のもとで広い丘に色とりどりの花が咲き乱れる風景を思い浮かべました。鳩高生一人一人が色とりどりの花になってもらいたいと思います。

 今朝のオープニングセレモニーの校長挨拶では、「文化祭成功の秘訣は、まず、皆さん一人一人が鳩高ファンになること。そして、来校された方にも鳩高ファンになってもらえるようにしましょう」と話しました。さらに、「そのためには、仲間内だけで盛り上がっていては鳩高ファンは増えません。鳩高祭のルールをしっかりと守り、おもてなしの心、ホスピタリティ(hospitality)を持って来校者の方に接してください」と呼びかけました。本日は、私は、各クラスの企画の他、吹奏楽部、茶道部などの活動に触れました。本日は校内公開日ですので非公開です。一般公開は明日の9月10()午前10時~午後3時30分となります。鳩高祭を機会に、多くの方に鳩高ファンになってもらいたいと思います。

《校長日誌》「子供はなぜ学校で学ばなけらばならないのか」


 鳩ヶ谷高校でも9月1日から第2学期が始まりました。始業式では、次のような話をしましたので、紹介します。

 42日間の長い夏休みが終わりました。7月20日に、学力と体力のバランスをとって充実した夏休みを過ごしましょうと話しましたが、どうでしたか。
 人間は、自分自身を意識して変えることができる意志と、無意識のうちに縛られてしまう性格があります。よく、星座や血液型など、世の中には数多くの性格診断がありますよね。ある心理学者が「グー」の握り方で性格がわかるのだとか!そもそも、握り拳が3パターンに分かれる時点で少し驚きです。ポイントは親指の位置。上を向いているか、他の指と重なるように横を向いているか、そして他の指に覆われているかの3パターンです。

1 上向き親指型

 このタイプの人は、たとえ自分が不安を感じていても、外にそれを感じさせないタイプ。目標を決めたら、その目標を達成するために行動するタイプです。天性のリーダー気質で、他人を導き、その人の利益が自分の喜びになります。仕事では目立つ人になり、保護者的な立場になりやすい人です。

2 横向き親指型

 このタイプは、褒められて伸びるタイプです。自分の信念を曲げないタイプ、自己中心的に思われます。とても正直です。発信力があり周りの事をあまり気にしないので、自分は幸せと感じている事が多い。トラブル等を乗り越えるとどんどん成長していくタイプ。

3 覆われ親指型

 感情が豊かなタイプ。内向的な性格で、たとえ感情的になったとしても、すべての思いを吐き出すことはないでしょう。人間関係は狭く深くというタイプで、たくさんの友達を作ることに魅力は感じない。少数の人と非常に深い関係を築きます。とても優しく、親切で思慮深い性格です。

 あなたは、どのタイプですか。ちなみに私は3の覆われ親指型です。
 さて、42日間の間に、世の中、いろいろなことがありました。夏の甲子園大会、リオデジャネイロ・オリンピックなど楽しい出来事もありましたが、私は、2つの大きな事件に衝撃を受けました。一つは7月26日に発生した神奈川県相模原市の障害者施設殺傷事件です。障害者施設の26歳の元職員が無抵抗の障害者19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせた事件。もう一つは、8月23日に埼玉県東松山市の河川敷で16歳の少年が遺体で発見された事件。中学3年生3名を含む5名が殺人容疑で逮捕されました。両方の事件に共通しているのは、加害者があまりにも人の命を軽々しく考えていることです。

 今日は、2学期の始まりにあたり、ノーベル文学賞作家の大江健三郎さんの「なぜ子供は学校にいかねばならないのか」を読みます。

 私の家庭の最初の子供は、光という男の子ですが、生まれて来るとき、頭部に異常がありました。頭が大小、ふたつあるように見えるほどの、大きいコブが後頭部についていました。それを切りとって、できるだけ脳の本体に影響がないように、お医者さんが傷口をふさいでくださったのです。

 光はすくすく育ちましたが、4、5才になっても言葉を話すことはできませんでした。音の高さや、その音色にとても敏感で、まず人間の言葉よりも野鳥の歌をたくさんおぼえたのです。そして、ある鳥の歌を聞くと、レコードで知った鳥の名をいうことができるようにもなりました。それが、光の言葉のはじまりでした。

 光が7才になった時、健常な子供よりも1年おくれて、「特殊学級」に入ることになりました。そこには、それぞれに障害を持った子供たちが集まっています。いつも大きい声でさけんでいる子供がいます。じっとしていることができず、動きまわって、机にぶつかったり、椅子をたおしてしまったりする子もいます。窓からのぞいてみると、光はいつも耳を両手でふさいで、体を固くしているのでした。

 光はどうして学校に行かなければならないのだろう?野鳥の歌だけはよくわかって、その鳥の名を両親に教えるのが好きなのだから、3人で村に帰って、森のなかの高いところの草原にたてた家で暮らすことにしてはどうだろうか?私は植物図鑑で樹木の名前と性質を確かめ、光は鳥の話を聞いては、その名をいう。母親はそのふたりをスケッチしたり、料理を作ったりしている。それでどうしていけないのだろう?

 しかし、大人の私には難しいその問題を解いたのは、光自身だったのです。光は「特殊学級」に入ってしばらくたつと、自分と同じように、大きい音、騒音がきらいな友達を見つけました。そしてふたりは、いつも教室のすみで手をにぎりあってじっと耐えている、ということになりました。

 されに、光は、自分より運動能力が弱い友達のために、トイレに行く手助けをするようになりました。自分が友達のために役にたつ、ということは、家にいるかぎりなにもかも母親にたよっている光にとって、新鮮な喜びなのでした。そのうちふたりは、他の子供たちからはなれたところに椅子を並べて、FMの音楽放送を聞くようになりました。

 そして1年もたつと、光は、鳥の歌よりも、人間の作った音楽が、自分にはさらによくわかる言葉だ、と気がついていったのです。放送された曲目から、友達が気にいったものの名前を紙に書いて持ち帰り、家でのそのCDを探してゆく、ということさえするようになりました。ほとんどいつもだまっているふたりが、おたがいの間ではバッハとかモールアルトとかいう言葉を使っていることに、先生方が気がつかれることにもなりました。

 「特殊学級」、養護学校と、その友達といっしょに光は進んでいきました。日本では高校3年生をおえると、もう知的障害児のための学校はおしましです。卒業してゆく光たちに、先生方が、明日からもう学校はありません、と説明されるのを、私も親として聞く日が来ました。

 その卒業式のパーティーで、明日からはもう学校はない、と幾度も説明を受けた光が、「不思議だなあ。」といいました。するとその友達も、「不思議だねえ。」と心を込めていい返したのでした。ふたりともおどろいたような、それでいて静かな微笑をうかべて。

 母親から音楽を学んだのがはじまりで、もう作曲するようになっていた光のために、私がこの会話をもとに詩を書いて、光は曲をつけました。その曲が発展した『卒業・ヴァリエーションつき』は、いろんな演奏会で多くの人に聴かれています。

 いま、光にとって、音楽が、自分の心のなかにある深く豊かなものを確かめ、他の人につたえ、そして自分が社会につながってゆくための、いちばん役にたつ言葉です。それは家庭の生活で芽生えたものでしたが、学校に行って確実なものとなりました。国語だけじゃなく、理科も算数も、体操も音楽も、自分をしっかり理解し、他の人たちとつながってゆくための言葉です。外国語も同じです。

 そのことを習うために、いつの世の中でも、子供は学校へ行くのだ、と私は思います。(大江健三郎 作「『自分の木』の下で」による)

※ 表現は当時の名称で、現在は「特殊学級」は「特別支援学級」、養護学校は「特別支援学校」となっています。

 実はこの文章、小学6年生の道徳の副読本の教材です。ストレートに気持ちが伝わる文章ですね。難しいことを難しく説明することは簡単ですが、当たり前のことを易しく説明することが一番難しいことです。

 皆さんがこの世の中に生まれてきたことは、一人一人意味のあることです。他の人たちとつながっていく言葉を、国語でも数学でも英語でも体育でも、その他の科目でもこの2学期にしっかりと学びましょう。